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《熱いメッセージが大反響》日テレ藤井貴彦アナがスタッフに洩らしていた同期入社・羽鳥慎一へのホンネ

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転機は東日本大震災 被災者に寄り添い続けた報道

 その後はシドニーオリンピックの担当、「ズームイン!!サタデー」の4代目メーンキャスターを務めた後、2010年に新番組として誕生した「news every.」のメーンキャスターに陣内貴美子アナと共に就任した。これが藤井アナの転機となる。

「『news every.』がスタートして少し経った頃、藤井アナは別人かと思うほど性格が変わって、“心遣いの代名詞”みたいな人になったんです」(アナウンス室関係者)

 そのきっかけとなったのが、2011年に起きた東日本大震災である。藤井アナはリポーターとして真っ先に現地に向かい、被災者取材にあたった。

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「地震と津波の壮絶な痕跡が残る被災地でのリポートはそれだけで精神を削られます。『自分がやっていることは正しいのか』『遺族を前にしてどんな声をかければいいのか』、あの場に行ったメディア関係者なら誰しもが考えたでしょうが、目まぐるしく変わる状況を前に、余裕のないリポーターが多かった。しかし藤井アナは、どんな時でも被災者に寄り添うことを忘れない報道姿勢を貫いていました」(同前)

2020年4月17日「news every .」より

 その姿勢は画面にも表れていた。

「藤井アナは、被災者にインタビューする時もわざわざ自分の手袋を脱いで、物資が十分に届いていない被災者の気を悪くしないよう配慮しながら、涙をこらえて話を聞いていました。家の中で亡くなった父親を、息子さんが運び出す場面にも遭遇したのですが、藤井アナはリポートの手を止めて、率先して軽トラックに遺体を運ぶ手伝いをした。出発するトラックに手を合わせている姿や、息子さんが感謝する様子も放送されていました。普通のリポーターなら、息子さんの心情を聞き出して、神妙な顔つきでコメントを述べて終わりでしょう。

 彼はカメラの回っていないところでも被災者に寄り添って、ずっと手伝いをしていた。多くのメディアが被災地を後にしてからも藤井アナは現地に残っていました。そのことが彼を大きく変化させたのでしょう」(同前)