準備万端となったあと、観客を入れるわけにはいかなくなり、いまだ開幕できぬままの展覧会はたくさんある。東京上野・国立西洋美術館で予定されていた「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」もそのひとつ。
せっかくこれだけ力の込もった展示が出来上がっているのだ。観覧できる日が来るのを信じて待つあいだに、その内容を予習しておこう。
ボッティチェリの宗教画、レンブラントの自画像……
ロンドン・ナショナル・ギャラリーはロンドンの中心地、トラファルガー広場の北側全面を領して建つ。1824年以来、絵画の専門館としてコレクションを増やしてきた。カバーしているのは13世紀から20世紀初頭までのヨーロッパ絵画。時代順に整然と展示が為されていることもあって、広く「美術館のお手本」的な扱いを受けることも多い。
外部への作品貸し出しにはさほど積極的ではない印象があった同館だけれど、今回は例外中の例外。時代もジャンルも網羅して、名品が61点も運ばれてきた。
内容の充実ぶりはかなりのもの。さすがに同館の至宝中の至宝、レオナルド・ダ・ヴィンチ《岩窟の聖母》やヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻の肖像》、ハンス・ホルバイン《大使たち》といったところは叶わないまでも(このあたりはおそらく門外不出)、それらに準ずる作品が東京まで来ていて驚いてしまう。
たとえば、初期ルネサンスのウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》。彼の生きた時代は、平面の絵画に奥行きをもたらす「遠近法」が確立したばかり。ウッチェロはその新技術の効果に夢中になった。疫病をもたらすとされた竜を戦士姿の聖人ゲオルギウスが成敗するシーンを、これほど臨場感にあふれるかたちで描けたのは、ウッチェロの飽くなき探究心の賜物だ。
サンドロ・ボッティチェリ《聖ゼノビウス伝より初期の四場面》では、精緻な画面構成と鮮やかな色彩が、いかにもルネサンス的な祝祭感を画面にもたらしている。ボッティチェリといえば《ヴィーナスの誕生》などギリシャ・ローマ神話を題材にしたもので知られるけれど、キリスト教を主題にした絵画でもたくさんの成果を残している。
フィレンツェの聖人ゼノビウスの生涯を、左から順に4つの場面で描き出している。こうした絵画を身近に眺めながら日々を送ったのであろう、ルネサンス人たちの暮らしが脳裏にくっきりと浮かんでくる。
レンブラント・ファン・レイン《34歳の自画像》も、貫禄を感じさせる一枚。17世紀オランダの画家レンブラントは、生涯にわたって自画像を描き続けた。
風貌も筆致も多様に変遷していくが、34歳という壮年時代に描かれた今作はその表情、筆の運び方ともに自信に満ち満ちている。なるほど気力体力とも充実した人間とはこんな姿をとるわけか。レンブラントは自画像を描くことによって、ひとつの人間の典型を表すことに成功している。