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スペイン風邪は日本に3回やってきた

〈速水先生はこう述べています。

「スペイン・インフルエンザは日本に3回やってきた。

 第1波は大正7(1918)年5月から7月で、高熱で寝込む者は何人かいたが、死者を出すには至らなかった。これを『春の先触れ』と呼んでいる。

 第2波は、大正7(1918)年10月から翌年5月ころまでで、26万人の死亡者を出した。これを『前流行』と呼んでいる。大正7年11月は最も猛威を振るい、学校の休校、交通・通信に障害が出た。死者は、翌年1月に集中し、火葬場が大混雑になるほどであった。

緊急事態宣言下の“外出自粛”で人通りが絶えた浅草 ©AFLO

 第3波(後流行)は、大正8(1919)年12月から翌年5月ころまでで、死者は18.7万人である。

『前流行』では、死亡率は相対的に低かったが、多数の罹患者が出たので、死亡数は多かった。『後流行』では罹患者は少なかったが、その5パーセントが死亡した。

 このように、インフルエンザは決して1年で終わらず、流行を繰り返し、その内容を変えている」

 ここから得られる教訓は、今回の新型コロナの流行も、仮に一旦収束しても、年単位で再流行するなど第2波、3波の可能性があり、ウイルスの変異で毒性が高まることもありうる、ということです〉

感染症に対する日本の強みとは?

 そのほか、磯田氏は、速水氏の本に依拠しながら、力士が多く感染したため、当初、スペイン風邪が「角力風邪」と呼ばれたこと、最初の著名人の死者は劇作家・演出家の島村抱月で、彼の死で多くの人が「今回の伝染病は大変だ」と認識したこと(今回の志村けんさんのように)、病院、学校、船など人が「密集」「移動」するところが流行の拠点になったこと(今回と同じように)にも言及する。

 さらに磯田氏は、感染症に対する「日本の強み」として、「手洗いうがいの生活習慣」「(キス文化でもハグ文化でもない)お辞儀の文化」「(欧米の土足文化と違って)内と外を分けるゾーニング文化」など、古くからの伝統に根づいた日本の文化や生活習慣にまで議論を展開する。

出典:「文藝春秋」5月号

 新型コロナを「歴史」から考えることの大切さを説く、磯田道史氏「『感染症の日本史』~答えは歴史の中にある」の全文は、「文藝春秋」5月号および「文藝春秋digital」に掲載されている。

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