予約の取れない店として全国に名を轟かせるのが、吉祥寺にある赤身肉専門店「肉山」。オープンしたのは2012年だが、いまでは全国で11店舗も展開するほどに。いったい「肉山」快進撃の秘密はなんだろうか。
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光山との距離を縮めたいと思わせる気持ちが、人を巻き込む原動力
「肉山」の常連客の中には漫画家、野球選手、ミシュランで星を獲得した店のシェフ、実業家といった蒼々たるメンバーが名を連ねる。プライベートな食事会をオーナーの光山英明氏は頻繁に開いていて、彼を取り囲む輪の中に入りたいという気持ちにさせられる。
だが、どうやったらその輪の中に入れるかがはっきりしない。Facebookでは珍しくないことだが、自分が近い関係であると思っていた友人が開いた宴会の様子を、後からタイムラインで知ることがある。しかも自分には声がかかっていない。嫉妬の気持ちがわいてくる瞬間だ。まさに光山氏のFacebook投稿は、本人が意識しているかどうかは別として、友達をうらやましがらせる写真がずらりと並ぶ。
たとえば予約が取りにくい寿司屋のカウンターで、仲間と高級シャンパンを飲んでいる様子が写っている。そのメンバーの一人が自分の友達だったりすると、なおさら悔しい気持ちになる。まるで高校の部活のように、どうしたらレギュラーになれるかと頭を悩ます。
光山氏との距離を縮めたいと思わせる気持ちが、人を巻き込む原動力となっている。レギュラーになれば、光山氏周辺の豊富な人脈ともつながれて、予約が取りにくい名店で、普通では提供されない特別料理を味わえるという夢が浮かぶ。
光山氏は生まれながらの“キャプテン”なのだろう。本人が意識しているわけではないが、彼と一緒に行動していれば間違いはないと感じさせるオーラが漂っているのだ。
光山氏を知るのに、興味深いエピソードがある。まだ小学生の頃の話だ。
100円の小遣いを握りしめて、魚を扱うペットセンターに行く。そこで大きな魚の餌になりそうな金魚を買い、実際に釣った魚を今度は同じセンターへ売りに行く。その儲けをさらに投資して、最後には大きな鯉を釣り、まとまったお金を手にしていたという。野球少年というより、すでに商売人の顔が見え隠れするエピソードだが、ここからの話が光山氏らしい。
大金を手にした光山氏は、野球のユニフォームを扱う店に行って、当時所属していた野球チーム全員分の帽子を作ってプレゼントしたというのだ。自分が欲しいものを買うわけでもなく、貯金することもせず、工夫して手に入れたお金を友達のために使う。「みんな喜んでいましたよ」と屈託のない笑顔で思い出を語る光山氏に、裏があるようには思えない。だが、帽子をプレゼントされた友達は、間違いなく、光山氏のことを心からキャプテンとして認めたに違いない。
予約が取りづらく、どの店も成功していることから、「肉山」のことを悪くいう業界関係者も少なくない。いわく「素人料理でたいしたものは提供していない」「原価率を下げるために質の低い肉を仕入れている」などだ。
だが、実際に店に足を運べば印象が違う。初めての客も常連も分け隔てなく光山氏は対応して、店の中は絶えず熱気と笑い声に満ちている。5000円のコースだけ頼んで、あとは水だけを飲んでいたとしても、嫌な顔をされることはない。飲み放題付きの1万円のコースでは、目を疑うような高級ウイスキーや、なかなか飲めないレアな日本酒が登場するが、仕入原価を超えるほど飲んだとしても「よく飲むね。大丈夫?」と笑いながら心配してもらえるだけだ。