昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

わたしの「神回」

2020/05/09

その2)岡崎父の葬式にて……「笑って送ろう」(5巻・第65話)

 ふたつ目の『神回』は、単行本第5巻第65話「笑って送ろう」。僕はこの回で、タイトル通り腹を抱えて笑った。

 些細な喧嘩がきっかけで、連絡を取らなくなってしまった山本さんと岡崎さん。二人が4年ぶりに再会したのは、岡崎父の葬儀だった。

 出会った時から得体の知れなかった岡崎父。一年中パンツ一丁胸毛脇毛丸出しで暮らした岡崎父。ゲームをするときの肘置きにしたって怒らないどころか気づいてさえいない様子の、その存在さえあやふやだった岡崎父。そんな人ほど、亡くなると悲しかったりもする。

 けれど、山本さんは式場で笑いのタネを放り続ける。

 元気すぎる遺影にツッコミ。棺の小窓を埋め尽くすほどデカい故人の顔にツッコミ。最後はお供え物を食って「“死人に口なし”って言うじゃん?」などとボケる。

 それはもちろん不謹慎であると同時に、極端に高度な振る舞いだ。誰もそんな危険な橋を渡ろうとはしない。悲しい世界は悲しいままにそっとしておこうと思う。だけど、山本さんはそうしない。

 そこまでの文脈を呑み、居合わせた人間の信頼の度合いを量り、そうして一つ一つタネを投下していく。これこそが、山本さほの世界に対する態度なのだ。

『岡崎に捧ぐ』5巻

 彼女はなぜだか、悲しみ渦巻く薄暗い場所に吸い寄せられていく。気づいた時には片足どころか全身どっぷり入り込んで身動きできなくなっている。そしてどこで養ったか知れぬ高感度な目をもってその世界を具に見破り、花咲か爺さんよろしく笑いの花を咲かせていく。

 僕はその姿に憧れざるをえなくって、そして痛快なのである。

その3)山本さんにとっての岡崎さんとは 「岡崎に捧ぐ」(5巻・最終話)

 最後の『神回』は、第5巻最終話「岡崎に捧ぐ」である。こんなに嘘のない世界で、こんなに切なく肉を焼かれたら、それはもう感涙にむせびまくるのだ。

 なんのことを言っているのかわからないだろうけど、もうこの際かまわない。この最終話を思い出すたび、僕はマックスでセンチなのだから。涙でキーボードも見えやしない。

 とにかく切ない。切なすぎて読みたくない。でも読みたい。そのくらい切ない。これは山本さんと岡崎さんの物語だ。そして、山本さんの中を岡崎さんが通り過ぎていく物語だ。