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2020/05/22

ニューヨークで知ったヒデキの偉大さ

 ここ数年、春季キャンプに来るか来ないかが話題になったり、時には臨時コーチとして岡本を教えたりとヒデキと巨人はつかず離れずの関係が続いています。巨人軍も巨人ファンのみなさんも「手放したくない」「いつか巨人の監督をやってほしい」という気持ちが強いかもしれません。僕も「巨人のヒデキ」を見たいという気持ちもあるのですが……。

 ヒデキがレイズでユニホームを脱いでから約1年後のことです。ヒデキが古巣のヤンキースと1日契約を結び、ヤンキースタジアムで引退セレモニーが行われるというニュースが流れました。それを知った僕は居てもたってもいられなくなりました。当時レギュラーで出演させていただいていた朝の情報番組『PON!』を1日だけ休ませてもらい、0泊2日の弾丸ツアーでアメリカに向かったのです。

0泊2日でヤンキースタジアムに行ったビビる大木 ©ビビる大木

 ところが入国審査で足止めを食らってしまいます。午前着の便でやってきて、夕方の便でもう出国するというのですから怪しまれるのも当然で「このスケジュールはなんだ? サイトシーイング? 本当か?」となってしまったのです。大ピンチでしたが、片言の英語で「ヒデキマツイセレモニー! トゥデイ」的なことを言ったら女性職員の顔色が変わりました。「そうか! きょうはヒデキ・マツイのセレモニーなのね? OK、行きなさい!」と事なきを得たのです。さらに次の一言には痺れました。「彼はもうニューヨーカーよ」。ヤンキースのユニホームを脱いでからすでに4年ほどたっていたにも関わらず、彼はいまだにニューヨークで一目置かれるヒーローだったのです。

リベラのユニフォームを着てヒデキ・マツイに手を振るビビる大木 ©ビビる大木

 空港での出来事の方がセレモニー以上にヒデキのパワーを感じたといっても過言ではありません。僕はヒデキがニューヨークで成し遂げてきた仕事のすごさや、ニューヨーカーに与えた夢の大きさを肌で痛感したからこそ、ヒデキにしか見られないビッグな夢を追ってほしいという気持ちがあります。もちろんジャイアンツのユニホームを着たヒデキの姿も捨てがたいのですが、ヤンキースでコーチや監督になる目があるのだったら、そちらを見てみたいなーとも思ってしまうのです。

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