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「コロナに打ち勝つ」にはソーシャルディスタンシングな「新しい観戦スタイル」が必要だ

文春野球コラム Cリーグ2020

「他人がいない世界は快適」

 これがこの1.5ヶ月の緊急事態宣言下の生活でたどりついた結論です。

 僕個人の話をしますと、緊急事態宣言の発出によって勤め先が「出社禁止」となり、遊びに行く場所もどこもないため、家と近所のスーパーを行き来する程度の完全ステイホーム生活に入っております。4月上旬まで新宿区歌舞伎町方面(夜のクラスター最前線)に全員出社でガンガン働いておりましたが、国の一声というのは大変大きな効果があるものだなと改めて思いました。それまでは在宅推奨(業務に影響がない範囲で/実質無理)であったものが出社禁止(業務に影響があろうとも絶対)に変化したのですから。睡眠十分、体調万全。むしろ健康にすらなりました。こんなに長く会社から離れたのは社会人になって初めてです。

 この在宅期間を過ごしてたどりついたのが冒頭の結論「他人がいない世界は快適」です。これまでは人と人が一緒にいることは当たり前であり、毎日会社で同僚や上司と会うことが不可欠なものだと思っていましたが、いざそうした関係を断ち切ってみると、こんなに快適で過ごしやすいものなのかと驚くばかり。誰とも会わなくていい、電車にすし詰めにされなくていい、ただそれだけで人生のストレスが一気に消えていくかのようです。いっそ自分と、自分の大切な人と、自分と自分の大切な人の暮らしの維持に必要な人以外全員いなければいいのに……とさえ思うほど。そうしたら新型コロナウイルスの恐怖もグッと減りますしね。

スタジアムで野球を見るときに「実はすごくイヤだった」こと

 さて、このような末期コミュニケーション障害のようなことを言い出したのは、この感覚が未来へのヒントとなるのではないかと思うからです。「他人がいない世界は快適」というのは何も職場や学校だけに通じる話ではありません。僕がもっともこの感覚にさらされるのがスタジアムです。通路側の席を取れたときの嬉しさ。隣が空席だったときの喜び。スタジアムにいる自分以外の他人の不快なことったら。もちろん仲のいい知人であれば、一緒にいることの楽しさや喜びが上回ってきますが、それでもまったく不快でないわけではありません。隣に座ればすれ合うヒジとヒジ、ふとした瞬間に漂う加齢臭、「はーんしーんタイガース!」の大独唱……。楽しさや喜びが上回っていたから許容できただけで、まったく不快でないわけではなかった。人間がステイホームした世界で自然が生き生きと動き出したように、他人を遠ざけて気づく快適さが世界にはありました。

改装中の内野席を通って引き上げる辻発彦監督

 その快適さを覚えてしまった今、「コロナに打ち勝つ」という言葉の意味も違って感じられます。世間一般で言うその言葉の意味は「今までと同じ日常を取り戻す」ということでしょう。ワクチンや治療薬の助けを借りてそうすることはできるかもしれません。ただ、正直に言ってもう今までと同じ日常に戻りたくはありません。会社に毎日行くのは「実はすごくイヤだった」し、他人と会わないと何もできない社会も「実はすごくイヤだった」し、スタジアムで野球を見るときに「自分の大切な人ではない不快な他人と一緒に居させられるのも実はすごくイヤだった」のです。

 内野席なのにやたら大声で応援歌を歌いつづけるはぐれ応援リーダー。

 やたらと座高の高い人、いちいち立ち上がる人、アフロヘアーの人。

 大事な場面で通路を行き来し、大事な場面なので通路上で立ち止まる人。

 僕の後ろの席でケンカを始めずっと緊張を強いてきたイキり兄さん。

 西武ドームで西武の勝利を喜んだら睨みつけてきた隣席の黒シャツさん。

 アフロヘアー。

 東京ドームでビールをぶちまけてスタンドに滝を作り、床に置いていた僕のカバンをビショビショにしてくれたオジサン(※会社の上司)。

「くたばれ讀賣」を本気で叫ぶカップ酒のオヤジ(※会社の同僚)。

 やたらと買い出しに行くわずらわしい体育会系サラリーマンと、逆に一回も席を立たずトイレチャンスをまったくくれない大砲カメラマン。

 何でもかんでもブーイングする輩。

 アフロヘアー。

 四六時中座席の裏を蹴って同列にいる全員の尻に振動を与えてくる子どもと、前を通るときに僕のドリンクホルダーをいちいち蹴って行くその子どもの母親。

 イチャコライチャコライチャコライチャコラするカップル。

 太ももと横っ腹がはみ出してるぶんのお金くださいと言いたくなる巨漢。

 真ん中の席に座ってるときの同列の人全員……。

 あと前列と後列の全員……。特に前列のアフロヘアー……。

 アフロヘアーに関しては前々列でもまぁまぁイヤ……。

 たまーに他人の存在が嬉しいときもありますし、ハイタッチなんかしちゃうこともありますが、総じてスタジアムで同居する他人は不快な存在でした。きっと僕もまた他人にとっては不快な存在なのでしょう。これまではそれが当然、お互い様だと思ってガマンしてきましたが、お互いにガマンをしているなら、みんなのためにそれを止めるべきだったのです。今までは「ガマン」が唯一解だと思っていましたが、そうではなかったのです。相手がいなければベスト、遠くにいてくれるのがベター。ソーシャルディスタンシングという新しい基準が教えてくれたのは、ガマンせずに離れたらずっと快適であるという結論だったのですから。