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 画家の奈良美智の描く人物像を知らない人には何のことやらだろうが、知っている人には、切りすぎた前髪とともに不機嫌そうな表情まで浮かんでくる。ついでにいえば、タイトルに使われ、サビでも繰り返される「ソンナコトナイヨ」とは、アイドルがライブ中のMCなどで自分を卑下したり否定的なことを言ったときに、ファンがお約束のように掛ける言葉だ。内輪の合言葉のようなものまで歌詞に取り込んでしまうのが、また油断ならない。そう思わせる一方で、自信なさげな女の子を「僕」が励まし、唯一無二の存在として肯定してみせる歌詞に、あの掛け声を持ってきたところにうならされたりもする。

2020年2月にリリースされた日向坂46「ソンナコトナイヨ」。初週推定売上約56万枚を記録

「よく若い女の子たちの気持ちに寄り添った歌詞が書けますね」

 先述のとおり秋元は昨年、AI美空ひばりをプロデュースした。先の「ポケベルが鳴らなくて」にしてもそうだが、新たな技術によるツールが登場するたびに歌詞などに採り入れるのは彼の得意とするところではある。しかしその根底には、どれだけ時代が移ろうとも変わらない普遍的なものがあるという確信がうかがえる。一昨年、満60歳を迎える直前に、AI研究者の松尾豊と対談したときにはこんなことを語っていた。

《「60歳なのに、よく若い女の子たちの気持ちに寄り添った歌詞が書けますね」と言われるが、それは昔も今も何も変わっていないから。僕らの時代はラブレター。それが電話になりファクスになり電子メールになりLINEになったと。でもツールが替わっただけで、返事を待っているときの気持ちは変わらない。その気持ちは20年後も同じだと思います》(※3)

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2016年4月にリリースされた欅坂46「サイレントマジョリティー」。40万枚以上を売り上げている

 すでに還暦をすぎ、今後、秋元が一線から退くということはありえるのだろうか。数年前にラジオ番組で共演した元HKT48の“愛弟子”指原莉乃に対して、いずれおまえに作詞家の座を譲って自分は引退すると冗談めかして語っていたことがある(指原は現在、アイドルグループ「=LOVE」をプロデュースし、作詞も手がけている)。だが、引用したような秋元の確信を打ち砕くことでも起きないかぎり、彼の時代はなおも続きそうである。何だか悔しくもあるが。

©文藝春秋

※1 『別冊カドカワ 総力特集 秋元康』(KADOKAWA、2011年)
※2 『秋元康大全97%』(エイティーワン・エンタテインメント、2000年)
※3 『週刊東洋経済』2018年4月7日号
このほか、清野由美『現代の肖像 秋元康』(朝日新聞出版、2014年)なども参照しました