歯医者の待合室で読んだ『よりぬきサザエさん』
新聞の四コマ漫画だった「サザエさん」は、戦後からの各時代が描かれている。時事ネタとして皮肉や風刺が効いていて楽しめる。
私は子どものころに通っていた歯医者の待合室に『よりぬきサザエさん』が置かれていたので夢中で読んだ。アニメ版とはまた違うサザエさんの「原点」を知った。
たとえば8巻の92P。カツオは勉強に集中できない。隣りの部屋にいるサザエと女性客のおしゃべりがうるさいからだ。カツオはふすまを開け「ベトナムせんそうのそもそものホッタンをごぞんじですか?」とだけ問いかけて閉める。シーンと静まる隣り部屋。「とうぶんおとなしいぞ」と机に向かうカツオ。
これを読んだとき、カツオのやり手ぶりにも注目したが「ああ、ベトナム戦争ってなんか複雑だったんだな」と子ども心に印象深かった。ネタ元になっている社会の出来事を学ぶことができた。各時代の総理大臣ネタもしょっちゅう出てくる。
「現代人はマスコミによわいなァ!」
今の時代にも通じる作品もある。
サザエが新聞を読みながら「小ばなをおさえて耳をひっぱると肝ぞうがつよくなるんだって」(原文ママ)とフネに言っている。なんとも珍妙なポーズだ。それを聞いたフネはクリーニング屋さんに教える。するとそこからどんどん広がっていき、しまいにはハイヤーの中で政治家らしき人もまったく同じポーズをしていた。
それを街中で見かけたサザエは「現代人はマスコミによわいなァ!」と笑うのだ。「じゃあれウソなの!!」と隣で驚き呆れるカツオ。今でいうフェイクニュースである。この回(9巻69P)は今読んでも面白いし、時代を問わない普遍的なネタであることがわかる。
時代の匂いといえば、漫画版を読んで気づくのが「押し売り」や「泥棒」の多さ。その一方で近所や地域のコミュニケーションが豊かで、仕切りがない時代があったということもわかる。日本の戦後史、文化史として一級の資料でもあると思う。
その決定版が2年前に刊行された『おたからサザエさん』(朝日新聞出版)だ。