ドラマの中の優秀な刑事たちとはほど遠い現実
携帯電話は1分ほど鳴るといったん切れ、すぐにまた大きな電子音を響かせた。合計するともう4、5分、けたたましい着信音が鳴り続けている。相変わらず足下の携帯電話を無視する女性捜査員にいらつきながら、同時にこの男が暴力団員だと確信した。暴力団たちにとって、携帯電話はどんなときでも手放せない必須アイテムで、親分や事務所からの連絡を取り逃すことは大きな失態となる。マナーモードとは無縁の人種で、着信音は常に最大音量なのだ。
じっくり観察しようと思っていたが、我慢の限界だった。女性捜査員の肩を叩き、雪の上の携帯電話を指さして、「さっきからこの電話が鳴ってますよ」と伝えた。
「あなたのものじゃないんですか?」
グレーのパンツスーツ姿の女性捜査員は首を傾げ、私の首も傾いた。自分の携帯なら迷わずとるに決まっているじゃないか、と怒鳴りたいのをなんとか堪こらえた。いや、現場検証中なのだから一声かけたかもしれない。どちらにせよ、自分の携帯ならとっくに出ている。
育ちがいいのか馬鹿なのか——。
ビビって震えているにもかかわらず、私は笑い声を我慢できず、とうとう吹き出してしまった。テレビや映画の刑事ドラマなんて嘘っぱちだとは思っていたが、これほどの落差があるなんて想定外だ。
結局、その携帯電話は彼女の後に到着した別の部署のベテラン捜査員が持ち帰った。ただし彼もまたドラマの中の優秀な刑事たちにはほど遠かった。
ベテラン捜査員が到着したときには、現場検証がかなり進んでいた。落下してきた男は、いったん私の部屋――623号室のバルコニーの手すりに激突し、バウンドして階下の鉄柵に突き刺さったらしい。携帯電話はそのときに落ちたわけだ。状況説明を聞いたベテラン捜査員は白い手袋をはめ、雪が積もったバルコニーに出て、他の落下物がないか確認した。携帯電話以外のブツがないとわかると、彼はその電話を無造作にポケットに入れようとした。
「ちょっと待って下さい! 事件かもしれないんでしょ? 指紋とるんでしょ? だから手袋してるんでしょ?」
「そうだけど……」
「ドン・キホーテのビニール袋ならありますよ」
「……じゃあ……もらえる?」
じゃあ……警察官と会話する度、笑いを堪えるのに一苦労する。なにごとも経験してみないと分からない。警視庁にある記者クラブはテレビと新聞の独占で、雑誌記者、およびフリーの人間は蚊帳の外である。常々羨ましいと思っていたが、毎度こんな苦労をするならごめんこうむる。
【続き】「ヤクザを怖がる警察官」トラブル解決を暴力団に依頼するのも、また人情へ