新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、長年ヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは――「潜入ルポ ヤクザの修羅場」(文春文庫)から一部を抜粋する。(全2回の1回目/#1を読む)

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「あんたも災難だったね」警察官との雑談

 最後にやってきた2人組の若い刑事たちも、ネタ的には逸材だった。

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「やべぇ! 俺、マンションの前にブルーバード駐(と)めっぱなしだ」

「駐禁切られっかな? この前、班長がやられたろ?」

「時間も時間だしこんだけの騒ぎだ。大丈夫だって」

 出来の悪い喜劇に出くわしたことに変わりはないが、男が病院に搬送され、大方の捜査員が去ったあとだけに緊張感は薄らいでいた。加えて警察官の実態を知った私には免疫もあった。刑事たちも一息ついたようで自然に雑談が進んだ。

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「煙草吸いますか?」

「いいの?」

 灰皿を差し出すと、2人はマイルドセブンを美味そうに吸った。

「嫌になっちゃうよなぁ」

「こんな夜中にご苦労様です」

「あんたも災難だったね」

「警察のみなさんに比べりゃ、どうってことないですよ」

「仕事……してたの?」

 刑事たちは机の上のパソコンをみつめていた。

「コンピューター関係?」

「まぁ……そんなもんです」

 暴力団取材を専門にしているフリーライターだと見抜かれなかったのは幸運だった。『山口組太平洋捕物帖』『実録関西全面戦争』『やくざ道入門』……本棚にはその手の本しか並んでいない。壁には暴力団事務所からもらった「任侠」の額と、パンツ一丁、刺青を露わにして座る“ザ・ヤクザ”ともいうべき幹部の写真が飾ってあった。取材先でもらった灰皿や湯飲みには代紋と組織名がでかでかとプリントされており、食卓の上に並んでいた。

 数々の物証があったのに怪しまれなかったのは、暴力団専門ライターという商売が認知されていないからかもしれない。それに事件現場には独特の高揚感があった。加えて現場検証が終了した後は、これまた独特な安堵感が漂っていた。これが刑事たちの警戒心をすっかりほぐしていたのだろう。どちらにせよ警察の広報を通して取材したとしたら、これほど実感たっぷりの本音はきけなかったはずだ。

 少しでも長く話を聞きたいと思ったので、代紋入りの湯飲みを急いで片付け、紙コップで2人にコーヒーを差し出した。

「悪いねぇ~」

「安ものですけど眠気覚ましに」

 刑事は音を立ててコーヒーをすすり、根本近くまで灰になった煙草を注意深くつまみながら吸った。