昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「この国はどうなっているのか」新型コロナで政治づきはじめたマジョリティに、障害者の私が言いたいこと

「今更?」という苛立ちの声も散見されるが……

2020/05/31

 コロナ。10万円。給付手続き。マイナンバー。外出自粛。テレワーク。休校。途絶えた人波。休業要請。休業補償。

 今回ばかりはやむにやまれず苛立ちの声を上げたという人々の中にも、今まで政治や制度と無関係に生活してきたと自負する人が多い。本当にそうだろうか。

ある会社員と障害者、それぞれの1日

 以下はある会社員の1日だ。

 自宅のベッドで起き、食事し歯を磨き着替える。家でゆっくりし過ぎたので若干小走り。ホーム到着と同時に電車が来る。職場での働きぶりは分からないが、必ず1回はトイレに行くだろう。帰りの電車は心なしか密度が高い。よく見ると近くで車椅子の乗客が数人分の場所を取っている。何もラッシュ時に乗らなくても、と心の中で舌打ちする。帰宅して入浴。ここも決して広くはない。風呂上がりに爪を切る。食後ドラマや小説を堪能するうち日付が変わろうとしている事に気付き、慌てて消灯する。

 対して、障害者である私のサラリーマン時代の1日を見てみよう。

 私が目覚めるのは障害者施設でも実家でもない。公営住宅の障害者用の部屋だ。ありがたいと思う。「重度障害者が地域で一人暮らしをするなど論外」という時代もあったし、現に私は親にそう言われて育ったからだ。

 介護ベッドから車椅子に移り、定時にヘルパーを迎える。料理・歯磨き・着替え・入浴・爪切り等は全て彼らの協力なくして成し得ないが、私が必要な介護を受けられているのは幸運に過ぎない。第一に支給される介護時間は自治体間で大きな格差がある。第二にかつて爪切りが介護の範囲外だったように、生活に必要なことが制度の対象になるとは限らない。

©iStock.com

 次に学校。私は小中高大と国公立で健常者に囲まれ育ったが、これも当たり前ではない。義務教育ですら普通学級を希望しても入れない障害児は今も多い。高校大学への就学には一層困難が伴う事は進学率からも明らかだ。

満員電車では乗客から露骨な舌打ちも

 電動車椅子は最速でも歩行者の駆け足には遠く及ばないように規格されている。30秒でも家を出る時間が遅れたら、取り戻す術は無い。駅には余裕を持って8分前に着く。乗車時のスロープを依頼するためだ。

 ところが電車が来ても駅員が現れるとは限らない。そんな時は我慢して10分後の電車に乗る事が多いが、職場に急いでいる時もある。親切な人が乗車を手伝ってくれた時は嬉しい反面申し訳ない。

 満員電車では他の乗客から露骨に舌打ちされることも多い。降りる時に駅員がいなければ覚悟を決めて自分でホームへと着地する。車椅子からの激しい衝撃と痛みが走る。「勝手に乗り降りしないで」と改札で駅員に責められる。この一連の流れにはもう慣れてしまったが「早く時差出勤やテレワークが実現しないかな」とも思う。