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“神か悪魔か…”さまざまな証言に見る元陸軍参謀・辻政信の「生への執着」

(番組ディレクターの)山本さんは、(辻政信の)いい面をなるべく見てくれていると思うのですが、他の方から直に『正直、政信さんのここ、よくないですよね』って聞いたことがないので教えていただきたい」

問われた山本ディレクターは答える。

「僕もご本人にお会いしたことはないので、否定する立場にはないんですけれども。“悪”だという方の意見としては、やはり軍人時代、参謀として多少暴走したり、失敗したりそこを見ていると思うんです。ですけど、当時は軍隊という大きな組織の中で、たったひとりの決断で彼が悪だと言えてしまうのかというのは、非常に大きな疑問です」

エリートでありながら自ら前線に出ていた辻

1939年、旧満州国とモンゴルとの国境地帯・ノモンハンで、日本軍と旧ソ連軍との軍事衝突が勃発。両軍とも2万人近い死傷者を出す惨劇となった。

この戦いで参謀を務めた辻は、本部からの指示に背く作戦を強行。多くの犠牲に繋がったとして非難を浴びた。

 

当時の辻氏の手記には、「ノモンハンの罪人となると、昨日までの友が赤の他人となり、手のひらを返したようになる」とある。

元帝京大学教授で歴史学者の戸部良一さんは、上司も一目置いた辻氏の特性をこう指摘する。

 

「彼は、積極果敢に何でもやる、そして率先垂範。部下に丸投げするのではなくて、自分からやる。それから、生命を顧みずに組織の使命のために尽くす、ということをやったので、その部分は当時の人たちから、評価されていたのでしょう。

1932年の第一次上海事変の時にも、第七連隊にいた辻は上海に出征して、そこで怪我もしています。前線に出ているのでよく怪我をする。前線を知っていることが彼の強み。

そうすると、司令部にいて、コマだけ動かしている幕僚たちではかなわない。しかも彼の持っている軍事知識は、優秀だと言われるだけあって、当時の陸軍の中で群を抜いていたでしょうから。そうすると、みんな彼の弁舌にどうしても太刀打ちできないということだろうと思います。まあ、(彼は)はっきり言ってやりすぎなんです。