「巣ごもり生活」で日本映画の名作を観た人も多いだろう。黒澤明や溝口健二などの監督作品から選ぶのも手だが、気になる俳優から選ぶのも一興だ。
原節子は1920年6月生まれ、ちょうど生誕100年に当たる。コロナ禍の今こそ、「おおらかで明るくて正直で」(評論家の芝山幹郎氏)という原節子の姿に触れてみてはいかがだろうか。
芝山さんと、評伝『原節子の真実』(新潮文庫)の著書のある、ノンフィクション作家の石井妙子さんが女優・原節子の魅力を語りあった。
本人は小津作品を好きではなかった
原節子といえば、小津安二郎の作品で演じた、良家に育った清楚なヒロインの数々がまず思い浮かぶ。それは、当時の日本人の理想的な女性像でもあった。しかし、意外なことに、原節子本人は小津作品をあまり好きでなかったと、石井妙子さんは語る。
石井 私が原節子の生涯を調べてみて驚いたのは、評価が高い小津作品を、本人はそんなに好きではなかった、ということでした。「代表作は?」と聞かれても、かたくなに小津映画を入れないんです。
じゃあ彼女はどういうものが好きだったのか。私は黒澤作品ではないかと思います。黒澤作品に出てくるような、果敢に人生に挑んでいく、ダイナミックで躍動する役柄を演じたいと思っていた。
芝山 そういう意味では、『わが青春に悔なし』(黒澤明 1946)は、黒澤にとって貴重な作品だったのですね。原節子は、京都帝国大学教授の娘として生まれ、反権力的な精神を持ち、最後は農村女性のリーダーとなる役。エキセントリックなだけではなくて、「自立」を強く感じさせるところがある。
「振り返った瞬間、夜叉の顔になる」
石井 『わが青春に悔なし』でも、雨が降る中で黙ってジッと男を見据えるシーンがあります。これがもう、男性が逃げ出してしまいそうな迫力(笑)。
芝山 振り返った瞬間、夜叉の顔になる。ベティ・デイヴィスにも通じるような、豹変の演技でした。
もう一つの黒澤作品、ドストエフスキー原作の『白痴』(1951) でもそういう瞬間がありますね。有力政治家に囲われている娼婦役ですが、デモーニッシュ(悪魔的)で、物狂いが目に出ている。映画としては不運な作品ですが、あの原節子を見るだけでも価値がある。個の力が強い。