『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』(二宮敦人 著)新潮社

 本書は、一橋大学体育会競技ダンス部出身の二宮敦人氏が自身の体験を大船一太郎という主人公に投影し、「学生競技ダンス」という不思議な界隈を、部外者にも分かりやすく面白おかしく紹介した作品である。かくいう筆者も大学時代の多くを競技ダンス部生活に費やしており、読み進めるうちに何度も思わずニヤリとしてしまった。作中には生活能力が皆無だが一たび踊り出すと豹変し活躍してモテモテの先輩が登場するが、実際に競技ダンス部員にはそんな変わり種が多かった。男子の大半は未経験者で、競技ダンスの名前すら聞いたことがなかったが、美人の上級生に釣られてコンパに呼ばれ、おまけ程度に練習に参加しているうちに入部してしまった人ばかり。その中でも残って活躍したのは、野球やバスケといったメジャースポーツで補欠の経験を味わい、今度こそ勝ちたいというコンプレックスをバネにした人が多かった。ほぼ全員が初心者で横並びでスタートし、冬の全日本学生競技ダンス選手権大会(通称:冬全)という晴れ舞台を目指すのが学生競技ダンスの醍醐味である。東大の部員が理屈っぽく後輩を指導するシーンもリアルだ。実は社交ダンスの技術は緻密な理論の積み重ねであり、合理的な練習により身体能力のビハインドを覆すこともできた。女子の方はチアリーディング、バレエ、ジャズダンスなどの経験者が多く、えてして気が強かった。しかし大抵の大学では女子部員の方が多いため、望まぬ男子部員と組まされ、不満を爆発させるケースも。しかし相手は大会での唯一の味方なので、折り合いをつけないといけない。大船が4年次に勝てなくなり、「もっと早く、(ペアである)うさこに向き合えたら良かった……」と言うシーンは身につまされる。大船が最後勝てたかどうかは本書を読んでもらいたいのだが、筆者は幸運にも、最後の最後で勝つことができた。冬全の朝、相方が「昨日彼氏と喧嘩してしまったのでよく眠れなかった」と言ってきたので内心(大事な決戦の前に何してんねん)と声を荒らげてしまいそうになったが、ぐっと堪えて「大丈夫、俺たちなら優勝できる」と温かい言葉をかけられたおかげだと思う。この経験は現在会社を経営し社員をマネジメントする上で役立っている。もう1つ大船と違い実践できたのは、軸をずらして戦うという発想だ。筆者はキレキレの素早い動きに憧れていたが高身長なため愚鈍な動きしかできなかった。そこで「無駄に動かずにひたすら力強い立ち姿を見せる」ことに集中し、それが最も映える、「パソ・ドブレ」という不人気種目のみに絞って練習したことでなんとか勝てるようになった。

 このような、ビジネスの世界にも活きる学生競技ダンスの世界を垣間見たい社会人や、当時の日々を思い出したい学生競技ダンス出身者に、本書はうってつけである。

にのみやあつと/1985年東京都生まれ。2009年に小説『!』でデビュー。「郵便配達人」シリーズ、「鉄道員」シリーズ、「最後の医者」シリーズなど著書多数。2016年、ノンフィクション『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』がベストセラーに。
 

おおくましょうはち/1992年生まれ。東大在学中に『進め!! 東大ブラック企業探偵団』を上梓。リサーチ会社「QuestHub」代表。

紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ

二宮 敦人 ,とびはち

新潮社

2020年3月17日 発売