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出版社だけど、「20代のお金がない頃に救われた」ブックオフ本をつくる理由

夏葉社・島田潤一郎さんインタビュー #2

note

物としての本の魅力と、電子書籍

――夏葉社の本には、布張りの表紙や箔押しの文字といった贅沢な装いにこだわりを感じます。

島田 本を開くと、本文用紙とは異なる別丁扉(べっちょうとびら)が挟み込まれていて、再びタイトルと著者名が告げられる――というような書籍にかけられた手間暇というものは、そのまま作家と作品への尊敬だと思っているんです。ですから、自分のところの本を電子書籍にしようとは思わないんですよね。

 

――島田さんは、「なにかの全体をだれかにまるごと伝えたい」、メールや手紙よりも「もっともっと大きなものは、本という形をとおしてそのひとに手渡したい」(『本を贈る』、三輪舎)と、物としての本の魅力を大切にされているように思います。電子書籍そのものに対する抵抗は強いですか?

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島田 手がけた本を電子書籍にしようとは思わないけれど、電子書籍というものに抵抗があるわけではないです。一応、読むための機器は持っていますよ。この前、ちばてつやの『おれは鉄兵』コミック全31巻を買っちゃったんですけど、これは場所を取る……。こういうのは電子書籍がいいなあって思いますよね。

『おれは鉄兵』をずらりと見せていただいた

 10年近く前になりますが、『昔日の客』という本を復刊した頃は、かなり電子書籍に抵抗感がありました。あの本を布の装丁でつくったのは、「この先、ついに紙の本がなくなる」と声高に言い始めた人たちに対して「紙の本というのはこんなに素晴らしいものなんです」と言いたかったところもあるんです。でもあれから10年経って、今になって思うのは電子書籍が我々紙の出版社の商売敵ではないということです。脅威ではない。

――どういうことですか?

島田 結局、紙の本に親しんでいる人が電子書籍「も」読んでいることが多いと思うからです。逆に、紙の本を読まない人は、いきなり電子書籍のヘビーユーザーになるとは思えない。200ページの本を読むのはこれくらいの時間がかかるだろう、600ページのものを読むのにはどれくらいの熱量が必要だろうかと、なんとなく紙の本の読書経験があるから電子書籍でも活字を追うことができる。読書の面白さを知っている人は、電子書籍でも紙と同じように活字に楽しみを見出せる。

 むしろ、本に関わる我々にとって脅威となるのは、SNS的な端的なコミュニケーションや、そうした言葉にしか触れていない層です。そうした人たちにとっては、ビジネス本でもない限り、本というのは要点整理されているものではないし、とてもまどろっこしいもの。文学に至っては、何が書いてあるというものでもないわけですから。そうなると、本なんていらないという意見が普通のものになりうる。

『昔日の客』は、東京の大森にあった「山王書房」という古書店の店主・関口良雄さんがお店での日々を綴った本。大森の教会の見える風景を描いた木版画が美しい。

――本にとって怖い時代になってきていると。

島田 そういう風潮とは真正面から戦うのではなく、こっちには、そっちにはない世界があるんだよと見せていくしかないと思います。強いだけの言葉、乱暴な意見が目立つような、端的なコミュニケーションの世界にいると、必ずつらくなってくる人が出てくると思うんです。そういう居場所をなくした人にとって、逃げ場所になるような選択肢を提案していくことが、本に関わる人たちの大きな仕事になってくるような気がしています。