新しい対策が正しいとは限らない
国が「新しいことをアピールしよう」とした結果、かえって大きなロスをしている側面もあります。
今回の持続化給付金は経済産業省、定額給付金は総務省が所管ですが、新たな対策のため既存のシステムが使えず、地方自治体などに手を動かしてもらうしかなかった。ただでさえ業務が増大している現場に、大変な負担をかけています。
一方で、たとえば個人向けにお金を給付する仕組みなら、生存権の保障という意味で、生活保護制度や生活困窮者自立支援法に基づく生活困窮者自立支援制度が平時、有事限らず、厚生労働省が所管する制度として存在している。そこへの予算を手厚くし拡張して、周知を徹底していれば、いちいち新しい仕組みを作ってドタバタすることなく、スピーディーに支援が行き届いた可能性もあります。ただし、これらは対策として、どこか地味ですよね。
もちろん、誰でも給付金がもらえると言われたら悪い気はしません。しかし、真新しい対策を求めるあまり、かえって遠回りが生まれ、額面だけがやたらと膨張している面も否定できません。
「正解」がないからこそすべきこと
新型コロナウイルスによる衝撃は、世界中に大きな影響を及ぼしています。感染の「第2波」を警戒しつつどうやって事態に対処するべきか、各国でも苦闘が続いています。
相手は未知のウイルスです。どのような予算規模が正しいのか、私にも何が「正解」なのかわかりません。ただ、何が「正解」なのかわからないからこそ、選択するにあたっての原理原則から目をそらすべきではありません。
もちろん、政府の対応がひどかったことは事実。“被害”を大きくしている面もあるでしょう。さらに未曾有の事態ですから、ここまで初動のスピードが大事だったのも事実です。ただ、そろそろ冷静に立ち止まって考え直すタイミングを迎えているように思います。