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その4)ビジネス書を読むよう……濃密なビジネスエンタテインメント

 ビジネス面も抜かりなく描かれるのが、このドラマが若年層への人気に留まらなかった理由の核だろう。ライバル企業の成長を見越して株を大量に買っておいたり、足手まといな社員の首を切るのではなく敢えて条件付きで昇給させるなど、投資の様子が地道に描かれる。根性論の占めるウエイトが少なく、タンバムの成長に納得が行く。セロイの戦い方は再現性が高いので、ビジネス書の名著を読むような視点の拡がりも味わえる。もちろん、知的エンタテインメントとしての満足度も充分だ。

 そんなセロイの経営のバイブルは宿敵・デヒの自伝だ。もちろんこの2人に血縁関係はないが、セロイの父は長家に勤めてデヒのイズムを受け継いでおり、いわばセロイはチャン・デヒの「思想的息子」である。デヒの嫡子であるグンウォンと庶子のグンスの後継ぎ争いに、セロイも参戦して三つ巴の王位継承争いが繰り広げられている、と読み解くことも可能なのだ。

そして、「思想的父親」でもある宿敵を倒すのはただの復讐ではない。セロイの戦いは、自分自身をデヒの思想的呪縛から解放するためのものでもあるのだ

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 セロイは実父を通じて物心つく前から継承していた「長家的なもの」「チャン・デヒ的なもの」に囚われている。ここで言う「長家的なもの」とは、デヒが繰り返し口にしたり書いたりする座右の銘「弱肉強食」思想を指すが、それだけでなく、「身内を守る時にはいかなる恫喝も暴力も辞さない」という歪んだ儒教道徳とセットだ。

 この呪縛から解放されるために、セロイは受け継いだ「弱肉強食」の思想ではなく、換骨奪胎したオリジナルの思想で仇のデヒを倒さなければいけないそれを踏まえて作品を見返してみると、ラストで2人のヒロインのうちどちらがセロイと結ばれるのか、実は初めから決まっていたような気もしてくる。

新時代のヒットの条件は「ジャンルが横断的であること」

 世界的なヒットには時流も味方したと言える。今年の米国アカデミー賞で『パラサイト 半地下の家族』が作品賞をはじめ4部門を受賞したことで、韓国エンタメの間口とステータスは確実に過渡期にあった。そしてこのコロナ禍である。まず飲食業界が大打撃を受けたのはどこの国も一緒だ。不況に喘ぐ飲食業界への同情の目線と、逆境に立ち向かうタンバムの仲間たちへの感情移入が重なった部分もあるかもしれない。

 ジャンルが横断的であることはこれからの時代、エンタメのヒットの必須条件かもしれない。従来、恋愛ドラマしか見てこなかった人も、ビジネスにしか興味がなかった人も同時に流入したことで生まれた大ヒットは、今後のエンタメ作りのひとつの雛型になりそうだ。