「航空券拾ったんだけど」
上京早々出鼻を挫(くじ)かれ、嗚呼(ああ)あと一年待つのか、ろくに貯金もせずに上京して、金がないな、などと考えていたある日の早朝。自宅の前にある自販機でコーヒーを買い、取り出し口に手を伸ばすと、地面に一枚の封筒が落ちていた。万年金欠病のせいで敏感になった嗅覚はその中身から金の香りを感じとり、手に取り封を開けると、日本航空の国内線航空券が一枚だけ入っていた。さてどうしたものかと考えるまでもなく、日本航空に就職した大学時代の友人に電話をかけた。
「航空券を拾ったんやけど払い戻しできへん?」
「落とし主が紛失届を出してたら、あんた犯罪者になるから交番に持って行き」
「紛失届を出してるか調べられる?」
「交番に持って行き」
持つべきものは友である。最寄りの交番に持って行き拾得物に関する書類に、住所、氏名、連絡先、拾った場所などの項目に記入、最後にお礼を、“望む・望まない”の欄があり“望む”に丸をした。
それから三日後の昼下がり、見知らぬ番号からの着信に応えると、チケットを拾ってもらったお礼がしたいとの女性の声。早速その日のうちに表参道のカフェで待ち合わせをして、お礼を頂きに行った。
五十歳前後のその女性から、ビール券三千円分を頂戴し、すぐ帰るのも無粋(ぶすい)かと思ったので、ごちそうになったコーヒー一杯分だけ世間話をした。関西弁に反応して、女性は言った。
「関西の方ですか」
「はい、最近出てきたばっかりで」
「何をしに出てこられたんですか」
「はい、役者になりたくて」
「私、プロダクションの社長をやっているんですよ」
「へえ」
プロダクションの意味がよくわからず「へえ」としか応えられなかったが、彼女は老舗モデル事務所の社長で、チケットを拾ったその縁で、なんのキャリアも美貌も持たない男が事務所に入れた、わけではないが、預かりという所属未満の状態で、なぜかモデルさんたちとウォーキングのレッスンなどを受けながら、アルバイト三昧の日々を送る事になる、というのはまた別のお話で。