昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/06/28

 また、これは村上だけの実感ではない。アメリカの美術系メディアのArtsyは2010年代のアートを決定した瞬間10選のなかで、インスタグラムの登場をあげ、ここでもアーティストに対して、やはり力強いマーケティングツールとして機能したことを挙げている。

 さらには、その予想外な効果として、どれだけ展示がインスタ映えするかをアーティストが競うようになったことを記している。これは村上の認識とも一致する見解であろう。 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Takashi Murakami(@takashipom)がシェアした投稿 -

村上隆の公式インスタグラムより


 つまり、今日、村上がはっきりと言うように作家にとっても、インスタというメディアはマーケティング戦略としてなくてはならないものになりつつあるし、かつ作品制作に対しても、インスタ映えを目的とした鑑賞や消費は意識せずとも影響を及ぼしている状況があるのだ。 

インスタグラムとアートの共存関係を認めよう

 ここまでいくつかの事例を交えて展覧会と作家のインスタ映えとの密な関係性に迫ってきた。

 こうした視野から見れば、今回の美術館女子はアートとインスタ映えの共存関係をまずは認めたうえで、それが偏った女性表象を援用する形で使われてしまった点が問題であると言い直すことができるだろう。今後は、インスタとの密な関係性を自覚的に精査することで、今回とは別の仕方で、美術館女子の狙いを達成できる企画が考えられるべきである。 

 それに当企画の本来の趣旨(コロナ禍で客足の減った展覧会への来場数を増やすこと)に立ち戻れば、コロナ禍において本当に苦しんでいる場所はどこか想像してみる必要もあるだろう。

 言うまでもなく、それは観光客に依存してきた地方芸術祭である。あの瀬戸芸でさえも、会場の宿泊施設や飲食店は経営が難しい状況にあるのだから。 

 おそらくは、数年はもとの来場者数に戻すのは困難である。政府が推し進める「Go To トラベルキャンペーン」がどこまで効果的なのかも分からない。 

©iStock.com

 厄介なのは、この問題がコロナ禍で植え付けられてしまった我々の気持ちの鈍重さに起因していることである。我々は外出自体が自分にとっても、他人にとってもリスクであることを知ってしまっているのだ。 

 しかし、それでは芸術文化そのものが死んでしまう。必要なのはリスクを理解したうえで、それでも行って、見てしまうようなちょっとした好奇心をくすぐるたくらみである。 

 インスタ映えはたしかに浅薄かもしれないが、その軽さこそが現状の困難を乗り越えるための一つの回路になりえるかもしれない。コロナ禍のいま、インスタグラムの力を正しく信頼するべき時ではないか。 

この記事の写真(4枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー