たしかに、絵画や彫刻、写真、インスタレーションをじっくりと観察して、作家の狙いを考え、自分なりの解釈をもつ。こうしたまじめな鑑賞は美術のみならず、文化受容の根本に据えられるべきものであろう。
しかし、だからといって、アート界は一見してふまじめな鑑賞をいとも簡単に否定できるのか? アートの側がインスタ映え的な鑑賞を内面化し、利用している背景はないだろうか? こうした疑問に対して、本記事は主に展覧会と作家という二つの立場から考えてみたい。
瀬戸芸、あいトリ……インスタ映えをとことん利用した地方芸術祭
一つ目に展覧会とインスタ映えの密な関係性についてである。はじめに重要なのは、インスタグラムがサービスを開始した2010年という時機である。というのも、その年は、日本のアート界にとって重要な出来事が二つ起きているからだ。
一つはおそらくいまもっとも国際的によく知られた日本を代表する芸術祭「瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)」、もう一つは2019年に津田大介を芸術監督に招聘し、様々な議論を巻き起こした「あいちトリエンナーレ」の第1回目の開催である。2010年代とはこの二つを起点にして、のちに「芸術祭の時代」と総括されるほどに、地方芸術祭が乱発された10年間であった。
それらの芸術祭の多くは地域振興を主な目的に据えている。例えば、2019年の来場者数が過去最多の117万人を記録した瀬戸芸は、もともと過疎地域だった瀬戸内周辺の観光業を文字通り復活させた。
こうした観光と紐づいた芸術祭にとって、写真とその流通網であるインスタグラムは重要な広報手段だ。特に若者の間ではインスタ映えする写真を撮るための観光や旅行はいまや普通になっているし、瀬戸芸であれば、草間彌生のカラフルなかぼちゃを背景にして、自撮りされた写真を見たことがある人は多いはずだ。
瀬戸芸側も、2016年には公式インスタアカウントを開設して、積極的に写真投稿をし始めている。つまり、芸術祭は観光業として地域振興に寄与するために、インスタ映え的な鑑賞を許容し、ときには積極的に活用していると言える。
年間来場者数上位を独占する森美術館のSNS戦略
この密な関係は地方の芸術祭だけにとどまらない。ここ数年、アート界では東京の森美術館(以下、森美)のSNS戦略が注目を集めている。六本木という立地もさることながら、インスタを含むSNS戦略によって、驚異的な来場者数をたたき出しているからだ。2018年の年間来場者数1位と2位はどちらも森美の展覧会であり、2019年に開催された塩田千春展は来場者数が66万人をこえ、同館の歴代2位の記録となった。
この圧倒的な来場者数獲得の立役者の一人が、広報・プロモーション担当の洞田貫晋一朗である。洞田貫は著書『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』(2019年)のなかで、そのSNS戦略の極意を解説している。