佐野恵太を想う時、おじさんは奉仕の気持ちになる
苦手な取引先の若者に電話をしなければいけなかった。ああ、メンドクサイ。嫌だなぁ、後回しにしようかなぁ……と渋ったその時彼のことを考えたら、自分がどれだけマシかと思い直した。
今年は町内会長の持ち回り当番がやってきた。ご近所の大先輩たちに冷たくあしらわれながらまた町内会費を集めに回らなければいけない。憂鬱だなぁと嘆いたその時も、44番を思うと重い一歩を進めることができた。
あんな大きな仕事、荷が重すぎる。そんな重圧に弱気になってしまう時、サノスのことを思えば攻める気持ちを思い出せる。
苦しい時、辛い時、そこそこのプレッシャーに怯みそうになった時、おじさんは佐野恵太を想う。それは「どんな孤独な人生も一人で宇宙に打ち上げられて死んだライカ犬よりは幸せだ」という映画のセリフにも似た境地なのか。この世のどんな重圧も、面倒くさい仕事も、今年の佐野の肩にのしかかるプレッシャーに比べればミジンコだ。日々を感謝と共に過ごさせていただいている。
第3代横浜DeNAベイスターズ“新”主将・佐野恵太。25歳のプロ入り4年目。
開幕から全試合4番でスタメン出場。7月13日現在、セ・リーグ5位の打率.351。ホームランは0でも8打点。つなぎの4番と言われながら、右に左に真ん中に、コンスタントにヒットを重ね、DeNAベイスターズの開幕好スタートの要因となっている……なんて簡単に書いてしまうことすら憚られる尊さだ。よくやっている。本当によくやってくれている。
いろんな段階をすっとばして、ベイスターズのど真ん中へ
今シーズン、佐野ほど様々なものを背負い込んでペナントに挑んでいる選手を他にしらない。
2017年ドラフト9位。当時の高田繁GMの鶴のひと声で追加指名されたドラフト最下位指名選手。指名順位はチャンスの数と言われるなか、1年目から開幕一軍入りを果たし、代打要員として18試合.095。2年目はホークスの千賀滉大からプロ初ホームランを放つなど、73試合.230、5本塁打。そして3年目の昨年は代打として開幕から得点圏の好機で打ちまくり、勝負強さが買われてスタメンとしてもちょくちょく起用。4番も経験し89試合で.295、5本塁打。明るいキャラがファンにも愛され、独特のダンスステップはハマで噂となり、チームに無くてはならない存在となった。
2020年。筒香嘉智が海を渡り、「さぁ、佐野恵太の戦いはこれからだ」と期待されたその刹那。監督のラミレスは大抜擢ともいえる指名をする。
・「左翼のレギュラー」
・筒香のあとの「4番打者」
・筒香のあとの「キャプテン」(史上最年少)
佐野はいろんな段階をすっとばして、ベイスターズのど真ん中に引っ張り出された。
レギュラーとして1年間戦ったこともなく、キャプテン経験も小学生の時が最後。そんな佐野がベイスターズの歴史に残る4番打者にして、自ら憧れの存在として背中を追い掛けてきた筒香嘉智の後継者に選ばれた。選手としてこれほどのやりがいはないだろう。
だが、ああ、考えただけでも胃袋がギュウとなる。昨年2位に敗れ捲土重来を期する今季のベイスターズが優勝するための最大のポイントとして猫も杓子も口を揃えているのが「筒香の抜けた穴」だ。そのスポンと抜けた穴に対して、ラミレスはシンプルに佐野をあてがった。
もちろんラミレスには起用の根拠と揺るがぬ自信がある。ラミレスの言動を追い掛けてみると、1年目から佐野を得点圏の場面で代打で起用し、重圧のなかで結果を残すなど4番打者として必要な「勝負強さ」を鍛えつつ、「佐野はキャプテンとして必要な要素も10個中8~9個備えている」なんてことを世の中の理であるかのように仰られている。
筒香の穴はチーム全員で埋めることが前提だとしても、見え方として佐野が十分な成績を残せずに敗けが込むようなことがあれば、周囲はまっさきに「主将」「4番」という冠を目指して叩きはじめることも容易に想像できる。
並の選手なら委縮して力を発揮できなくなっても不思議ではない。本音をいえば、チームのまとめ役以前に、確固たるレギュラーの座を掌中に収めるためにも、楽なポジションで自分自身の成績を上げることに集中したいはずだ。
だが昨年12月。佐野はキャプテンの打診を受諾した。更にはオフに明大時代の同級生と6年の交際を経て結婚を発表。新婚旅行の前日にパスポート更新忘れが発覚し旅行はキャンセルになったが、この器のデカさ。カッコよすぎる。「将来が不安だから」と結婚を先延ばしにしている横浜ファンがいたら「お前はサノスほどの不安を抱えているのか」と唱えるがいい。
レギュラー、キャプテン、4番、ポスト筒香、嫁を娶って、さぁ気合満点開幕だ、という時に、さらなる試練が訪れる。プロ野球はコロナのために開幕延期となった。