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スター・ウォーズ「シスの暗黒卿」の名に由来する…

 ここで出てきた“嗅球”とは、脳の最も鼻腔に近い場所にあって、嗅覚をつかさどる器官のこと。動物にとって「臭いをかぐ」という機能は獲物や食べ物、異性、危険の存在を知る上できわめて重要な存在。そのため嗅球は脳に直結しており、口腔や鼻腔に無数にいるウイルスや細菌などを簡単には通さないようにできている。HHV-6はそんな重要器官に感染して、妙なタンパク質を作り出して脳にダメージを与えているのだ。

 近藤教授らはこのタンパク質を「SITH-1」と名付けた。SITHとは映画「スター・ウォーズ」シリーズに登場する「シスの暗黒卿」に由来する。

「マウスを使った実験で、嗅球にSITH-1を発現させたマウスがうつ状態に陥ることが確認されました。しかし、同じ実験を“生きている人間”で行うことはできません。そこで、健康な人とうつ病の人の血液から“SITH-1に対する抗体”を測定し比較したのです。SITH-1の抗体が陽性ということはその人が嗅球でSITH-1を発現していることを示します。結果を解析すると、SITH-1陽性の人は、陰性の人と比較して、うつ病になる割合が12.2倍も高かった。しかも、すでにうつ病になっている人の79.8%がSITH-1陽性だったのです」(近藤教授、以下同)

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東京慈恵会医科大学ウイルス学講座の近藤一博教授

 この「12.2倍」という数字が持つインパクトはきわめて大きい。

「この数字を“オッズ比”と呼びますが、私たち研究者は通常、『1.2倍のオッズ比が見られれば病気の原因として認定できる』という考え方で研究をしています。それが桁違いの数値となって出てきたのですから驚きました」

体の外に行かずに嗅球に棲みつく

 HHV-6というウイルスは、なぜうつ病を引き起こすのか。

「HHV-6は、別にうつ病を引き起こしたいわけではないんです。なぜなら宿主が苦しみ、もし死んでしまったらウイルスも生きてはいけないから……。彼らは、自分たちの遺伝子を残すことを自らの存在意義としています。だから宿主が弱ってくると、それを感じて外へ出ようとする。その“弱ってきた”というサインが疲労なのです。

 宿主が疲労を感じると、それを察知してHHV-6は唾液に出てくる。そこでくしゃみでもしてもらえれば近くにいる元気な人に感染し、遺伝子を残すことができるのです。ただ、唾液の中のすべてのウイルスが体の外に出られるわけでもなく、一部は体の外に行かずに(行けずに)嗅球に棲みついてしまう。これがSITH-1を作り出しているのです」

(写真はイメージ)©iStock.com

 近藤教授によると、完全なうつ病患者でなくても、「軽度のうつ症状を持つ人」は「健康な人」と比べてSITH-1抗体価が高いことも突き止めているという。このことから、SITH-1はうつ病だけでなく、早期のうつ病を診断する際にも重要なマーカーとなり得る、という見方ができるのだ。