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連載テレビ健康診断

マスクをしていない飲み屋帰りの客……「常に疑心暗鬼」タクシー運転手の哀しみ――てれびのスキマ「テレビ健康診断」

『あのとき、タクシーに乗って』(NHK総合)

『ストーリーズ』(NHK総合)は、ナレーションを一切使わない「ノーナレ」、事件のその後や周辺を追う「事件の涙」、ある場所に100台のカメラを設置する「100カメ」といったこれまで不定期で放送されていたドキュメントシリーズをまとめた30分枠の番組だ。

 6月の放送は、コロナ禍での変化が描かれた秀作揃いだった。81歳になった漫画家・ちばてつやに密着した「屋根裏のちばてつや」では、徐々にコロナの影が色濃くなっていく過程がちばの日常を通して克明に描かれ、新宿で老舗の麻雀店を営んでいる母をディレクターである娘が追った「新宿ダイアリー」はコロナ直撃で翻弄され苦悩する姿に迫った。「誇り高き悪魔 KISSジーン・シモンズ」ではミュージシャンの側面だけでなくビジネスマンとしてのジーンの側面も描いた。「我々は頂点のまま去る」と語っていたが、そのファイナルツアーがコロナの影響で中止になってしまう。そして22日放送の「あのとき、タクシーに乗って」では、緊急事態宣言下の東京で走る4台のタクシーに12台の固定カメラを設置し、運転手と客の様子を完全非接触で撮影した。

©iStock.com

 普段は近距離だと「ワンメーター?」となってしまいがちだが、今は乗ってもらうだけでもありがたいという状況だという運転手。いつも人であふれているはずの歌舞伎町の道もスムーズに走れてしまう。一緒に順番待ちをする同僚も「これで帰ります。ムダです。働いても最低賃金以下。今の売上なら働かないほうが全然いい」と語り、翌月からは農家に短期のバイトに行くそう。コロナ以降、電車に乗るのが嫌で自転車通勤にして、途中でパンクをしてしまったという人、コロナで病院に行けなくなり、薬だけをもらいに行く人、給付金の手続きをしに行く人など様々な事情を抱えた人がタクシーに乗り込んでくる。運転手も同じだ。タクシーの中でセリフを練習する運転手は役者としても活動中。だが、舞台はもちろんオーディションも中止になっている。母が入院しているという運転手はコロナで面会禁止のため駐車場で手を振るしかないという。

 ある会社経営者は「人によって仕方なさが違うからさ。常識が違うじゃん」と言う。まさにそれがコロナ対策の難しさだろう。マスクをしていない飲み屋帰りの客は「ガラガラだと思ったらいっぱいいるんだ」と2軒目を探す。客を降ろすと運転手は「ちょっと前のお客様が気になったり、なんとなく自分が嫌だなと思った時にしてます。心のどこかに常に疑心暗鬼なところがあります」と丁寧に車内を除菌する。その背中には哀しみが滲んでいた。

 コロナで変わってしまった人々の営み。タクシーの中という限られた空間にそれが如実に詰まっていた。

『あのとき、タクシーに乗って』
(『ストーリーズ』シリーズ)より NHK総合 6/22(月)放送
https://www.nhk.jp/p/ts/P2WVR66NRZ/

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