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 こういう小さな国でも化学・生物兵器の防御に対して非常に熱心なのである。イスラエルを見ると私はいつも備えの重要性を痛感する。私の母国である台湾は、近隣の環境を考えると、日本以上に危険な状態にあるが、残念ながらこのような準備はされていない。軍事的な対応策だけでは、国民の命を守ることはできないのだ。

軍需産業の防衛意識が高いアメリカ

 アメリカについても触れておこう。これは設備というよりは、民間企業の国防に対する意識についてであるが、私の経験談から話してみたい。

写真はイメージ ©iStock.com

 1983年のある日、私の元に一本の電話が来た。彼はワシントンDCの小さなコンサルタント会社の人物だったが、いきなり私が住んでいるところからほど近い、空港のところにあるシェラトンホテルで夕食を一緒にしないかと話してきた。いったい何を聞きに来るんだろうと思いながらその晩お会いすると、彼は私に「ボストンにあるEG&Gという防衛システムを開発する会社のコンサルタントにならないか」とオファーを出してきた。当時、ソ連が毒素兵器の開発を進めており、それに対抗する形でEG&Gは巨大な防衛プロジェクトの予算をアメリカ政府に申請しようとしていたのである。当時私はコロラド州立大学の教授を務めていたため、結局このオファーは受けなかったが、この例からもわかるように、アメリカでは民間による防衛意識が非常に高い。

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「毒」に対する研究に注力した

 のちに、ソ連に対する対策はアメリカ陸軍が管轄して進められることになる。この時、私も運よく研究者の一人に選ばれたが、当時私は毒素兵器のことは何もわからず、基本的な学術研究だけに没頭した。しかし、アメリカ陸軍は非常に鷹揚で、「あなたの研究が毒素兵器とは直接関係がないことは知っているが、一方であなたはヘビ毒の学術研究に専念して、大変立派な業績を上げている。それでアメリカ陸軍としてもあなたのような人を支持することにした」として、多くの研究費を支給してもらったうえに、研究に対して口出しすることもなかった。そして結果、この時に得た知見が地下鉄サリン事件の際にも役立つことになったのである。

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アンソニー・トゥー

KADOKAWA

2020年7月10日 発売