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地下鉄サリン事件から25年……日本の化学・生物テロ対策にまだ“足りないもの”

『毒 サリン、VX、生物兵器』より #2

note

 毒性学の世界的権威アンソニー・トゥー氏による新著『毒 サリン、VX、生物兵器』(角川新書)から、日本では「毒」からの防衛にどう取り組んできたのか、地下鉄サリン事件などの事例とともに紹介する。

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日本の防衛体制はどうなっているか

 それでは、日本の防衛体制はどうだろうか。まず、自衛隊について見てみよう。自衛隊は全国の部隊を北部、東北、東部、中部、西部の5つの方面隊(部隊編制の単位)に分けている。関東地方を例に取ると、ここは東部方面隊が責任者で第一師団が東京にあり、その中に特殊武器防護隊がある。同じ東部方面隊の中に第12旅団があり、その司令部は群馬県にある。そして、この旅団の中に化学防護隊がある。日本国内で化学テロや生物テロが起き、これらの化学防護部隊の援助が欲しい場合は、県知事が防衛大臣に要請する。また、化学科の隊員を訓練、養成する所は、さいたま市にある陸上自衛隊化学学校である。私はそこで3回講演をさせていただいた。

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 1995年の地下鉄サリン事件の時は、当時の防衛庁長官であった玉澤徳一郎長官が援助の要請を出した。国内で同じような災害が起これば、陸上自衛隊の化学科部隊の援助が受けられるようになっている。

陸上自衛隊の化学偵察車

 そのほか、日本には安全保障・危機管理室という総理大臣直属の機関がある。日本の省庁は縦割りの組織で、横の連携が少ない。だが、危機が起きた場合には、この管理室が各機関に命令を発することができるので、各機関に対して連絡ができるようになっている。

日本の危機管理の弱点とは

 私はこの内閣危機管理室に3回呼ばれたことがある。私見では大変いい構想だと感じたが、メンバーは警察、消防、自衛隊やその他の省・機関から3年交代で来ており、やや寄せ集めの感を受けた。アメリカでも、化学・生物兵器に対処するための研究室では、トップは3年ごとに変わるが、その下にいる人たちはほとんど動くことはない。3年ごとに実務を扱う人が交代するようでは、ようやく業務の内容が理解できたころに、現場から離れてしまうわけである。中国やロシアの化学・生物・毒素兵器の研究所にいるメンバーも、みなひとところで何年も勤務しているようであった。

経済産業省 ©文藝春秋

 それ以外に関係する省庁としては、あまり知られていないが、経済産業省だ。もっとも、私が関わっていたのは前身の通産省である。化学兵器や生物兵器の製造を目的とした薬品や設備の輸出を制限する国際的な会議に「オーストラリア・グループ(AG:Australia Group)」というものがあり、これに参加していたのが通産省だった。私もオウムのサリン事件の数か月前に、日本側の要請でスピーカーとして呼ばれたことがある。なんでも、参加する役人が化学兵器のことは多少わかるが、生物兵器の方になるとてんでだめだということで、それについて教えてほしいということであった。