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地下鉄サリン事件で活躍したエキスパート

 もう一つ、東京消防庁の中にある特殊災害対策の部門にも言及しておくべきだろう。この部門は、工場が爆発火災を起こしたときに、その消火に対応するための組織である。化学工場などで起こる火災は、ものによっては水をかけることで、消火することはおろか、逆に火勢が強くなる場合もある。また、有毒ガスを出すので防毒をしなければならない場合もある。東京消防庁は平生からそういう訓練をしており、中でもこの部門は特殊災害に対するエキスパートだ。彼らもまた、1995年の地下鉄サリン事件ではずいぶん活躍した。

地下鉄築地駅で汚染された電車内の除染作業をする自衛隊員(陸上自衛隊提供) ©時事通信社

 防毒の観点でまず重要なのは、「相手がどういう毒ガスを使ったか」ということを検出することだ。それを知ることで初めて、対応や治療の方針を決めることができる。検出の器具の進歩は目覚ましいもので、私が兵器関係の学会に出る際には、毎回新しい器械に目を見張っている。

 地下鉄サリン事件の時も、急務だったのは「何の毒物が使われたのか」ということを特定することであった。しかし、この当時日本の警察は携帯用の毒ガス検知器、通称CAM(Chemical Agent Monitor)を持っていなかった。毒ガスを撒いたのがオウム真理教であるということはわかっていたので、強制捜査を行うつもりであったが、その際にオウム側から毒ガスで反撃されるのではないかという不安があった。そこで、警察は全国からカナリアを駆り集めて、これとともに強制捜査に乗り出した。カナリアの使用は理由がないわけでもない。鉱山などではかつて、有毒ガスを探知するためにカナリアを持って行ったという歴史がある。しかし、もちろんそれがサリンに対して有効であるかどうかはわからない。

会見写真に、携帯用毒ガス検知器

 地下鉄サリン事件の3か月後に、私は科学警察研究所で講演をする機会があった。その時に、私は研究所の方々に対して「オウムでもCAMを持っているので、警察も早く1台買ったほうが良いですよ」と教えてあげた。彼らのうちの一人が「先生はどうしてオウムがCAMを持っていることを知っているのですか」と不思議そうに聞いてきたが、なんてことはない、オウムのスポークスマンである上祐氏が記者会見をしている写真に、CAMが写りこんでいたのだ。

写真はイメージ ©iStock.com

 しかし、警察の人々はCAMを見たことがないので、写真を見ても気づかなかったのである。ちなみに、私が中国に行ったときに、人民解放軍の方にCAMを持っているかと聞いたところ、「イギリスに注文したが、中国には売らないと言ってきたので、香港を通じて3台購入した」と話していた。今では、よりたくさんのCAMを持っているだろう。