忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は尾崎世界観さん。
◆ ◆ ◆
高校1年生の時に同じクラスだったあいつと、久しぶりに駅前で会った。あいつとは当時同じクラスでよく遊んでいたのに、ある日何も言わずに学校を辞めた。あれから何年も経っていたのに、何も変わっていなくて、まるで昨日の続きのように違和感がなかった。
あいつは、当時住んでいたアパートの近くの定時制の高校に通い始めて、学校が終わった夜に、よくアパートに遊びに来た。授業で作ったという酒饅頭をつまみに缶チューハイを飲んで酔っ払った。鍵の掛かっていない大家さんの自転車を勝手に借りて、2人乗りでレンタルビデオ屋に行った。2人の全財産200円で何を借りるかAVコーナーで散々迷った挙句、人妻が好きなあいつとはどうしても意見が合わずに、口もきかずに2人乗りでアパートに帰った。コンビニでエロ本を立ち読みした後に、おでんを一個だけ買って、こぼれる位に汁を入れたりした。あいつは、バイトの給料が入ったタイミングでライブがあると珍しく顔を出して、ライブが終わると「お前の曲はやっぱりいいね。なんかサンキューマザーファザーって感じになるよ」と意味のわからない感想を言ったりした。
とにかく金が無かった。でも金が無いことが格好良いと思っていた。あいつは高校で知り合った年下の彼女に夢中だった。彼女の誕生日には、学校の靴箱に、アメリカのアニメの人形を隠したらしい。無理して買った指輪がその人形の頭にはめてあるのを見つけた彼女がどれ程喜んだか、あいつが嬉しそうに話すから、こっちまで嬉しくなった。
ある日から、親と喧嘩して実家を出たあいつがアパートに住みついた。バイトから帰って、汚いアパートの窓に灯りが点いていると嬉しかった。アパートには風呂が無くて、2人で実家まで入りに行った。毎日他人の家の風呂に入る太い神経は持ち合わせていないから、心から感心した。朝早くから日雇いのバイトに行くのに眠れないからという理由で、寝酒に紙パックの日本酒を飲んでいるあいつに明日の昼飯のことを尋ねると、金が無いから水を飲んで我慢すると言う。仕方がなく、なけなしの五百円を渡した。次の日あいつは、バイトには行かずにその五百円を使って、彼女に会いに行った。最近フラれて、なんとかしようと毎日会いに行っている事は知っていたけれど、本当に呆れた。
ある日、知らない番号から電話がかかってきた。あいつの高校の先生からだった。何かあったら実家ではなくてここに電話するようにと言われた、このままでは退学になってしまうから何とか学校に行くよう説得して欲しい、という内容の電話だった。その日もあいつは帰ってこなかった。
何日かして、真夜中、アパートに帰ってきたあいつに、もう出て行ってくれと言った。あいつはあっさり出て行ってしまった。何日かしたら戻ってくるかと思ったけれど、それっきりだった。携帯電話も料金を滞納し過ぎて解約されていた。
今でも時々思い出す。あいつとの、とてもここには書けないような話を。
こうやって書いてみると本当にクソみたいな思い出ばかりだ。もしも20歳の頃にこの本を読んでいたら、せめてもう少しマシに書けていたかもしれない。
そして今なら、人妻も悪くないなって思うよ。