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「ターゲットにされるとなす術がない」日本人サラリーマンが30人以上、米国の刑務所に入った理由

狙われたのは自動車部品メーカー

2020/07/16

「もう思い出したくありませんし、今も仕事があるのでお話しできません…」

 アメリカで禁固18カ月の有罪判決を受けて服役した大手自動車部品メーカーの男性社員は、こう応えるだけだった。

 しかし一言でも口を開くのは稀。同様に収監された日本人サラリーマンの多くが、出所後も沈黙している。

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ケネディ空港で突然逮捕され

 海外でその沈黙を破ったのが、フランスのサラリーマンが書いた『アメリカン・トラップ』(ビジネス教育出版社)。文字通り“アメリカの罠”に掛かったことを告発した著書だ。

 大手エネルギー企業アルストムの営業部門幹部だったフレデリック・ピエルッチ氏(当時45歳)は、13年4月の深夜、出張のためにニューヨークのケネディ空港に降りた時、突然、逮捕された。

 そのまま拘置所に送られ、裸にさせられ、肛門に隠しているものがないか「両足を開いて咳をしろ」と命じられた。翌朝、裁判所で勾留延長が決まり、5時間かけて囚人護送車で北部ロードアイランド州の拘置所に送られた。

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 アメリカ司法省は、外国の公務員への賄賂を禁じた海外腐敗行為防止法(FCPA法)違反で、アルストムの捜査に着手していた。アルストムがインドネシアの発電所建設を受注する際に、現地の国会議員に賄賂を贈った容疑だった。

 しかしアルストムは捜査に協力的ではなかった。

「われわれが本当に訴追したいのは、アルストムの取締役連中、なかでもクロン社長だ」

 ピエルッチ氏は連邦検事にそう言われ、司法省が経営陣を追及する足掛かりとして、たまたまアメリカに入国した自分が逮捕されたことを知った。

 そして最高125年の実刑が下る可能性を示唆され、保釈請求は繰り返し却下され、勾留は実に1年2カ月続く。司法取引が成立して釈放された後、禁固30カ月の判決が下りて収監された。

日本のサラリーマンも次々と収監

 日本のサラリーマンもアメリカの刑務所に次々と収監されてきた。

 2010年以降、アメリカ司法省は、自動車部品のカルテル(価格協定)の捜査に着手。ワイヤーハーネス(車内配線)を皮切りに、点火コイル、ベアリング(軸受)などの部品で、日本企業が連携して販売価格を調整したと追及した。企業側は次々と有罪を認め、1億ドル、2億ドル…と巨額の罰金を支払った。その数は5年間で50社を超えた。