文春オンライン

東浩紀「コロナ禍で『リベラル』な知識人は『監視社会』を肯定してしまった」

東浩紀インタビュー #1

2020/07/25

右へ左へとすぐに動員される「過剰流動性」

――世界の動向を振り返ると、ステイホームが叫ばれていた時期から、次はBLMデモへと振れ幅が大きかったように思います。どのようにご覧になっていましたか?

 コロナとデモの関係はわかりませんが、ネット上の情報拡散によって大量の人が右へ左へとすぐに動員されてしまうという「過剰流動性」には問題を感じています。一時期の正義感情に駆動されて、政策を急転させ、過去の蓄積を破壊することが相次いでいる。

聞き手・辻田真佐憲さん

――植民地主義や奴隷制に加担していたとされる人物の銅像が、各地で壊されたり、倒されたりする動きもありました。

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 ぼく個人は、銅像を倒すことにあまり意味を感じません。旧ソ連崩壊時にはレーニン像が倒されました。でもロシアではいまもソ連時代の栄光を忘れられない人が多く、むしろスターリンなんか復活しています。大事なのは人の心であって、銅像はシンボルにすぎない。変えていくべきは他のところだと思いますし、それはもっと時間がかかる改革だと思います。

 そもそも、「歴史を書く」ことイコール「昔の過ちを正すこと」になってしまうのはよくありません。歴史とは、過去の人々がなにを考えていたのかを記憶する作業であって、「あの頃は間違っていました」と修正する作業ではない。ジェンダーの問題でも、#MeTooを受けてみな「間違っていました」とすぐ謝罪します。でも、同時に間違っていた頃の感覚を覚えておくことも大事です。そもそもそうでなければ反省の意味がない。これは自分のなかに分裂を抱えるということなので、なかなか難しいことではありますが。

 いずれにせよ、銅像を倒すというのは分かりやすく、フラストレーションを発散しているだけのように見えます。それ自体が社会を変えるものではないでしょう。そもそも、誰もが気がついていることですけれども、本気で植民地主義を見直すならば大英博物館を解散するべきです。

 

リアルな動員すら関係ないハッシュタグデモ

――一方で、日本では文化人や知識人と言われている人たちが「#検察庁法改正案に抗議します」をはじめとするハッシュタグデモに熱心だったことを思い出します。ハッシュタグでいかに動員して、ツイッターのトレンド1位になるかを競っているようにも見えました。

 この10年、日本では、震災以降の反原発国会前抗議に始まり、SEALDsへと「デモの時代」が続きました。政治への参加の敷居をできるだけ低くするのが正義ということになり、その結果ついに、リアルの動員すら関係なく、ネットの情報拡散だけでいいということになった。それがハッシュタグデモです。「ウェブで政治を動かす」の戯画的な一つの帰結ですね。