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東浩紀「コロナ禍で『リベラル』な知識人は『監視社会』を肯定してしまった」

東浩紀インタビュー #1

2020/07/25

「1000部しか売れない本か、100万部売れる本か」

――適正なスケールというと、たしかルソーも……。
 
 ルソーが理想とした都市の人口は3万人くらいですね。ぼくも同じ感覚です。1万~10万のあいだくらいというのが、文化的に高度なことができる市民あるいは観客の数だと思います。

――それは東さんがゲンロンを経営していて体得した数字ですか?

 ゲンロン以前から考えていました。たとえばはてなダイアリーのコミュニティも、おもしろかった時期はそれくらいのスケールだった。活発な議論がなされていて、それなりに見通しが利き、でもボリュームがあるという数。

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 ぼく自身、著作が100万部売れたりしたことがないというのも大きいでしょう。よく例に出す話なのですが、むかし浅田彰さんから「結局面白いものというのは1000部しか売れない本か、100万部売れる本かどちらかなんだ」と言われたことがあって、若い頃のぼくは反発しました。それだけじゃないと思いました。

 

――それよりは、数万に向けて仕事をしたいと。

 それこそインターネットって、まさに1000か100万かの世界です。周りのフォロワーのため四コマ漫画を描いていたら、いきなり100万人以上が見るようになりましたという世界。たとえば「100日後に死ぬワニ」のような。でもそれって結局、多くの一発屋を生みだすだけだと思います。

 加えていうと、「10万を超えると違う世界だ」というのは、90年代にけっこう編集者から聞いた話でもあります。「いい本」を作って手応えがあるのは数万部の規模であって、あるところを超えたら社会現象になる。売れる場合もあるし、売れない場合もあるけど、それはもはや内容と関係がない。だから考えてもしかたないし、そこを狙っても無意味なのだと。

 

――マネタイズの問題とも密接にかかわってきますよね。5万部の本というとけっこう大きいですが、5万PVでは全然お金にならない。

 インターネットでマネタイズするためには、100万人、1000万人単位の人に届かないと話にならない。テレビもそうで、どちらも広告モデルです。出版はそれとは違うモデルで、数万の規模でマネタイズできる仕組みを持っている。議論や作品のクオリティを保つためには、この規模でのマネタイズを大切にするべきだというのが、僕がずっと考えていることです。