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会場が二転三転したのはなぜか

「公演や稽古ではこまめに換気をしましたし、体温チェックや初めと終わりの消毒も徹底していました。水道の前で並んで、俳優みんなでうがいもした。僕らの身のまわりを世話してくれるスタッフさんもマスクやフェイスシールドをつけていましたし、一番危険視されていた楽屋も3つに区切ったりしていた。

 当初は恵比寿や渋谷の劇場で公演する予定でしたが、感染防止策を守ると30〜40人程度の観客しか入れられないことがわかり、(会場については)二転三転しました。結局は『100人までなら観客を入れられる』と言ってくれた新宿シアターモリエールに決まったんです。それなら(観客減の)赤字分をグッズ販売で補えそうだと。

 出演者が約20人もいる中で、どうしたらソーシャルディスタンスを守れるかって、演出も工夫していました」

 しかし、劇場がすぐに決まらなかった理由については、7月15日付けの「日刊スポーツ」がこう報じている。

《主催のライズコミュニケーションも、当初予定した別の小劇場に出した上演案では、ガイドラインに沿ったソーシャルディスタンスなどが保てないと難色を示されたため、急きょシアターモリエールに変更したことも判明。あやうい公演実態だった可能性が浮上した》

クラスター発生の舞台が上演された新宿シアターモリエール(公式サイトより)

 14日には、新宿シアターモリエールが業界のガイドラインに沿った感染防止策を徹底していなかったことも明らかになっている。

「握手しないと家までついてきちゃう」

 また、舞台運営だけではなく、「演者が客席に降りてファンと抱擁していた」「出待ちに握手などで対応していた」など、ファンへの対応にも批判の矛先は向けられている。しかし、A氏は過剰なファンサービスは「一切ない」と主張する。

「確かに“イケメン系”の舞台ではそういうファンサービスが当たり前のように行われてきました。でも今回はまったくしていない。一番お金になる握手会やツーショット撮影会などの接触行為も中止していましたし、僕らはグッズ販売にも参加していません。お客さんには “出待ち禁止”をお願いしていたんです」

 しかし、こうも語るのだ。

「でも……、お客さんに対しての認識には甘いところもあったかもしれません。スタッフも限られているので、ファンの方が監視の目をすり抜けて劇場の出口付近や駅に潜んで(出待ちして)いることもありました。熱心なファンの方は握手しないと家までついてきちゃうので、仕方なく対応した演者もいたとは思います。それはダメだったんだろうなと反省しています」