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“非現実”を演じてきた山﨑賢人が“等身大の人間”に…… 映画『劇場』が「コロナ時代の傑作になりうる」3つの衝撃

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 誰もが実人生において成功や完璧を求めるのに反し、映画においてはそれらと真逆や程遠い人物の葛藤やドラマこそが胸を打つ。そんな不完全な男の葛藤を真っ直ぐに、繊細に、時には狂気的に演じ切っているからこそ、山﨑賢人という俳優の魅力が遺憾なく発揮され、これまで演じてきた役柄からの脱却をも果たしているのである。

映画『劇場』(公式HPより)

同じ「人間」に起きている出来事だと信用できる

 中でも印象的であったのは、「一番すごい? そんなわけねぇだろ!」と沙希の前で感情を爆発させる中盤のシーン。絶えずその本心はモノローグとして語られ、想いの丈を吐き出すことが殆どない永田が、初めて自分の現状を言葉にして認めた瞬間である。誰だって、できることなら目の前の問題から目を背け続けていたいもの。薄々勘付いていたとしても、上手くいっていない現状を認めるのには勇気が要る。それを他者に曝け出すとなれば尚のこと。沙希という宿り木を得たことで一時的に生活は安定するも、夢と向き合えていない現実が、無情にも流れていく時間が、疲弊していく恋人の姿が、次第に焦りや不安を増幅させ、男の心を蝕んでいく。その成れの果てに達した感情の高まり、怒りをぶつけることでしか本音を明かせない不器用さなど、その一つひとつがとにかく人間臭く、同じ人間に起きている出来事なのだと信用できる。

 永田という男の弱さズルさを包み込みながらも、徐々に壊れていってしまう沙希を演じる松岡茉優の名演も恐ろしい程までに凄まじく、永田同様等身大の人間であると言えるのだが、彼女に関してはそういった役柄を過去にも演じてきている分、やはり本作においては山﨑賢人の変貌振りの方が光って見える。

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『勝手にふるえてろ』、『蜜蜂と遠雷』2年連続、優秀主演女優賞を獲得している松岡茉優(右から2番目)。こちらは第42回日本アカデミー賞の様子 ©文藝春秋

驚かされた2つの発表

 そして、この『劇場』で驚かされたことはもう2つある。それは、7月17日より始まった劇場公開が渋谷のユーロスペースをはじめ、全国20館のミニシアターを中心としたものであったこと。もう1つは、その公開同日から「Amazon Prime Video」での全世界独占配信をスタートさせたことだ。この上映形式は異例中の異例と言える決断だろう。