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覚せい剤の売人と2人の男の子

 深夜0時、町内会が設置したスピーカーから、ドヴォルザークの『新世界』が流され、飛田新地は営業を終える。あっという間に人気(ひとけ)がなくなり、飛田は一気に静まり返る。午前3時頃までかかって原稿を仕上げ、バルコニーに出て煙草を吸っていると、まだ学校に上がる前の男の子2人が、手を繋いで違法駐輪している自転車の横に突っ立っていた。

 30分ほど経っても立ち去る様子はなかった。俗に言う西成界隈で、飛田新地は抜群に治安がいいエリアである。安心して女遊びをしてもらうため、町内会が自警団を作っている。だが、人通りがほとんどないこの時間に、幼い兄弟が路上にいるなんて異常だ。

 降りていって話しかけた。

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「お兄ちゃんたち、どうしたの?」

「おとうちゃん……お酒飲んでるの……」

 当時、売春店の横に遅くまで営業しているラーメン屋があって、その店主に訊いてみたところ、路地を入った長屋の子供だと説明された。父親の酒癖の悪さは界隈でも有名でよくある話という。

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「でも時間が時間だし、警察呼んだほうがいいんじゃない?」

「ポリにだって相手にされませんって。ほっといたら収まりますよ」

 さりとて、このまま子供たちを放置するのはためらわれた。

「一緒にラーメン食おうか?」

 半ば強引に2人を連れ、席に座らせた。メシを食いに来ていたタクシーの運ちゃんから「息子さん?」と訊かれた。

「そこの路上にいたもんだから……」

「西成やからなぁ……」

スラム街ともいえる西成というエリア

 運転手の言葉には明らかに侮蔑的な響きがあった。反発を覚えても反論は出来ない。かつてほど劣悪ではないにせよ、この一帯が巨大なスラム街であることは間違いないだろう。社会の安全弁として黙認されているのか、手をつけられないのか判然としないが、今の姿のまま存在していること自体、異常というしかない。

 ラーメンを食べ終えると、年上のお兄ちゃんが自宅の様子を見に行った。それから約1時間後、兄弟はやっと家に戻った。

 2ヶ月後、兄弟の姿をぱったり見かけなくなった。

「あの子たちどうしたの?」

 ラーメン屋の店主は、「父親が事件起こしてパクられ、引っ越しました」と教えてくれた。罪状は傷害という。

「大丈夫かな?」

「赤の他人が面倒を見きれるわけじゃなし、半端に同情したって自己満足やないですか。首突っ込んだらよけいややこしなりまっせ」

 気になって調べてみたら、父親は山口組の枝の組員と分かった。逮捕されたのは傷害ではなく、覚せい剤の使用と所持だった。父親は末端ユーザーに覚せい剤を売って暮らす売人だったのだ。子供たちはどこに行ったのだろう。

潜入ルポ ヤクザの修羅場 (文春新書)

鈴木 智彦

文藝春秋

2011年2月17日 発売