飛田新地の美女たち
商店街を抜けると、旧飛田大門が史跡として残されている。大門の側にある交番は、すべての窓が金網でブロックされ、異様な風景を強調する。この一帯はかつて城郭で囲まれた赤線地帯だった。飛田新地――いまもこの場所の役目は変わっていない。
飛田は日本で最も安く、手軽にセックスが出来る売春街である。夕方過ぎ、一気に人通りがまばらになる商店街とは違い、この一角は夜になってから一気に人口密度が高くなる。
「ちょっと、お兄ちゃん、お兄ちゃんって。ほら、決めてぇな。こんな可愛い子やで」
店先に座ったやり手(呼び子。すべて中年の女性)ばばぁの言葉に嘘はなく、振り返るとそこには絶世の美女が微笑んでいる。とくに青春通りと呼ばれる二つの筋、その周辺はレベルが高く、容姿の点なら日本一といっても差し支えない。客の多くは若者たちのグループだが、スーツ姿のサラリーマンも目立つ。女性を物色して狭い通りを何度も往復する車がひっきりなしに走っているため、夜8時以降、飛田のメインストリートはかなり渋滞する。
まるで日本でないような異空間
品定めの客がそぞろ歩きをしているのは、飛田では写真や印刷物ではなく、自分の目で直接女性を確認できるからだ。ピンクや紫色に染められた独自の蛍光灯に照らされ、若くて綺麗なコンパニオンたちがにっこり微笑む様子は、古い建物が多いこともあって、まるで宮尾登美子の小説『陽暉楼』そのままである。舶来のテーマパークに出かけるなら、ぜひとも飛田新地に出向いて欲しい。人生観が変わる。世界遺産以上のインパクトがある。
借りていたマンションは、飛田新地のど真ん中にあった。外壁が薄紫色で他の地域なら浮き上がるだろうが、ここではあまり違和感がない。異様なのは玄関先のオートロックの横にあるプラスチック板の注意書きだ。
一、犬猫ペット類を飼わないこと……これは一般的なそれと変わらない。
一、カラオケ等のボリュームを大きくしたり、騒音など近隣に迷惑をかける行為はしないでください……いちいちそんなことを断るマンションも少ないはずだが、これまた問題なく許容出来るだろう。
しかし、そのあとに続く3箇条は強烈なインパクトだ。
一、暴力団関係者及び、紛らわしい人たちを室内に入れないこと。
一、覚せい剤の常用者及び売人の立ち入りを禁止します。
一、部屋を組事務所等に使用しないこと。
いちいちそう書かねばならないほど、この辺りには暴力団と覚せい剤の密売人が密集しているのだろう。男と女、カネと欲望、光と影、裏と表……飛田新地は、日本のダブルスタンダードが濃縮された街だ。本音と建前を可視化された形で実感できる場所など、日本中探してもここしかない。