文春オンライン

《三浦春馬さん他界》名付け親・親族が涙の沈痛告白「春馬ちゃんは生き別れた父親と再会したばかりだった」

note

「僕、オーディション受けたんだよ」

「近所の小学校でブランコに乗ったり、従妹たちとかけっこをしたりして遊んでいました。家でも走り回ったりして、元気で明るい子でした。私もあの子が来る日は楽しみで、アイスクリームを用意して待っていました。

 子役の仕事も楽しんでやっていたようで、『僕、オーディション受けたんだよ。たくさん人がいたけど、僕に役が決まったんだ』って喜んで話してくれたこともありました。片岡鶴太郎さんが出演するドラマにも出演していて、片岡さんからは『春ちゃん、春ちゃん』って可愛がってもらっていました」(同前)

幼少期の三浦さん(親族提供)

 この親族女性は三浦さんが生まれた時のことを「昨日のことのように覚えている」という。

ADVERTISEMENT

「私が名づけ親でした……」

「4月5日に生まれて、あの子の父親から『元気な男の子が生まれた』と連絡があり、私が『名前は決まってるの?』と聞いたら『まだ』というんです。それで、午年で春に生まれたから、草原を馬が力強く駆けていくような子になって欲しいという思いで『春馬はどう?』って。父親は『いい名前だね』と言って、あの子の名前が春馬に決まったんです。私が名付け親でした……」

 茨城の地元でスナックを経営していた両親は、三浦さんが小学生の頃に離婚。親族女性は、離婚直前の三浦さんの笑顔が忘れられないという。

三浦春馬さん ©AFLO

「離婚する少し前に父親と遊びに来た時があって、『パパ、パパ』って甘えてひっついて歩いていました。『春馬ちゃん』って呼んでカメラを向けると、すぐに笑顔でポーズしてくれてね。すごくかわいかった。あの子の家は犬をたくさん飼っていて、春馬ちゃんも犬が大好きでした。両親が別れてからは春馬ちゃんと頻繁に会うことはなくなってしまいましたが……。

 ある日、春馬ちゃんがギターを弾いている姿をテレビで見て、父親そっくりで泣けてしょうがなかった。三浦姓は父親側の姓なんです。テレビのなかで名乗ってくれていたのは本当にうれしくて、とても感謝しています」

 その後、母親は再婚。三浦さんは中学卒業まで母親と継父の3人で茨城で過ごしたという。継父の知人は「繊細で寡黙な子だった」と打ち明ける。