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野球と慣性モーメントの関係

 ペナントレースが終わると、選手とメーカーは翌年に向けてグラブの改善点を話し合う。外崎がセカンドのレギュラーとしてリーグ連覇に貢献した2019年オフ、中村さんはそれまでとまるで異なるモデルを紹介した。

「受け売りで“高島理論”をペラペラとしゃべったら、外崎選手がすごく興味を示したんです。それでグラブをつくったら、うまくはまりました。今年は去年とまったく違うタイプで試合に出ています。それが小指2本入れのグラブです」

“高島理論”とは、かつてオリックスやワシントン・ナショナルズにトレーナーとして在籍し、現在広島で「Mac’s Trainer Room」を運営する高島誠さんが提唱する理論だ。選手がパフォーマンスを上げるために必要なグラブの型などをウイルソンにアドバイスしている高島さんは、小指の箇所に2本の指を入れるタイプのグラブ、通称「コユニ」の開発を提案した。

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 一般的なグラブには指の形と同じで5本の穴があるが、なぜ、わざわざ身体と異なる形状にするのか。その理由を高島さんが説明する。

「腕を伸ばして、薬指を中心に回転させてみてください。めっちゃスムーズに回りませんか? 次に、人差し指や中指を中心に、伸ばした腕を回転させてください。結構、筋肉を使いますよね? 人間の身体の構造として、そうなっているんです。薬指を中心にターンすると、腕はスムーズに動きます。でも5本の指が広がっていたら、慣性モーメントが大きいので動きが遅くなるんです」

 実際に腕を伸ばして二つの動きをしてみると、違いは一目瞭然だろう。

ゴールデングラブ賞も見える!

 大雑把に「慣性モーメント」を説明すると、「物体の回転しにくさを表す数値」のことだ。例えばフィギュアスケートのジャンプでは、両腕を広げるより、胸の前で閉じたほうが回転しやすくなる。後者のほうが、慣性モーメントが小さくなるからだ。

 同じ理屈が、野球の動きでも言える。高島さんが続ける。

「基本的に手を動かすときの回転軸は、薬指を中心に回したいんです。肩の運動やグラブのハンドリング、いわゆる逆シングルで捕るときも同じことです。ボールを投げる際に引き手を使うときも、薬指を中心に回転させたほうがスムーズに動きます」

 スローイングは、身体による回転運動だ。可能な範囲で慣性モーメントを小さくし、スムーズに回ることが重要になる。

 グラブをはめた手をうまく動かすには、薬指を中心に回転させたい。それができると操作性が高まり、守備では打球を処理しやすくなる。うまく捕球することができれば、スムーズな送球につなげやすい。ウイルソンが販売する「コユニ」のグラブは、そうした観点を踏まえて開発されている。

「薬指を中心に回転したほうが、手をスムーズに動かしやすいことを知っている選手はあまりいないと思います」(高島さん)

 外崎は幸運なことに、新たな“相棒”と出合った。そうして今季、前年以上に安定感のある守備を見せている。

 昨季はセカンドとしてリーグ最多の14失策を犯したが、動き自体は球界でもトップレベルにあったと言っていいだろう。個人的には、ゴールデングラブ賞に選ばれても不思議でなかったと考えている。

 もともと身体能力に恵まれている外崎は、辻発彦監督や、グラブメーカーのウイルソンなど、数々の幸運な出会いを通じて成長してきた。「コユニ」という新たな“相棒”に巡り合った今季、このまま安定感のある守備を続けていけば、自身初のゴールデングラブ賞も見えてくるはずだ。

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