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『エール』『浦安鉄筋家族』『行列の女神』……これは地味な成功?

 グループ卒業の翌年には、つかこうへい作の舞台『新・幕末純情伝』で主人公・沖田総司に抜擢される。演出した岡村俊一は、その起用の理由を、《見た目のかれんさとは裏腹に、内面に潜む女優としての狂気》と語った(※2)。このあとも役者として着実にステップを踏んでいく。舞台では、2017年には鴻上尚史作・演出の『ベター・ハーフ』、昨年には村上春樹原作の『神の子どもたちはみな踊る』(フランク・ギャラティ脚本、倉持裕演出)と、演技において心の機微の表現がひときわ求められる作品に挑んだ。

 ドラマの出演作には、SKE48時代の2012年から昨年まで出演を続けた『名古屋行き最終列車』シリーズ(名古屋テレビ)のほか、『神奈川県厚木市 ランドリー茅ヶ崎』(毎日放送・TBS系)など、深夜枠のちょっと先鋭的な作品が目立つ。そこで演じてきたのは、『ニーチェ先生』(読売テレビ・日本テレビ系)で好きな人への思いを高ぶらせるOLのようなエキセントリックな役から、『100万円の女たち』(テレビ東京系)での主人公の男を静かに見守る書店員のような役まで、じつにバラエティに富む。今年に入ってからは、NHKの朝ドラ2度目の出演となった『エール』(現在放送休止中)で、自身と同じ豊橋出身であるヒロインの姉を演じるほか、テレビ東京系の『浦安鉄筋家族』『行列の女神~らーめん才遊記~』と、このコロナ禍のなかでもドラマ出演があいついだことから、ネットニュースで「地味な成功」と紹介されたりもした(※3)。

昨年の抱負は「生き残る」

 グループ卒業後は、元アイドルとして大々的に売り出すという道もあっただろう。だが、松井の場合、舞台・テレビ・映画を問わず自分の志向に合った作品を選んだうえ、作品ごとに新たな挑戦を続けながら、地道な努力を積み重ねた結果、ようやく多くの人の目に触れるようになったということではないか。

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11年前、プロ野球「巨人対広島」の始球式で(2009年)。篠田麻里子、松井珠理奈、前田敦子、高橋みなみ、大島優子、小嶋陽菜(前列左から)、小野恵令奈、松井玲奈、宮澤佐江、柏木由紀、宮崎美穂、板野友美(後列左から)

 昨年1月には、ある週刊誌の企画で、その年活躍を期待される人物のひとりに選ばれ、1年の抱負として色紙に「生き残る」としたためた。これについて本人は《「生き残る」には「芸能界で生き残る」だけでなく、「人の記憶に残る人になりたい、そういう演技がしたい」という意味が込められている》と説明している(※4)。彼女の目標はいつも具体的だ。数年前、筆者が立ち会ったテレビ番組の収録で、あるアイドルグループのメンバーが、SKE卒業時に「女優になりたい」ではなく「演じる仕事がしたい」と目標を立てた松井を尊敬すると言っていたのを思い出す。松井が役者という肩書を好んで用いるのも、俳優以上に具体的に演技している人というイメージが強いからなのかもしれない。