太宰を読んだ時に、ダウンタウンさんっぽいなと思った
――芸人を目指し始める中学時代には文学にも出会われたと思うんですが、小説を書こうという思いはすでにあったんですか?
又吉 それはなかったんですけど、太宰を読んだ時に、ダウンタウンさんっぽいなと思ったんですよね。
――どんなところですか?
又吉 感じたことはあったけど、言葉にできひんみたいなものを、バッと取り出して表現できてしまうところかな。文学って面白いなと思ったきっかけも、そこなんです。ダウンタウンさんのコントでも、河童が人間に逆ギレされるやつ(「カッパの親子」)とか、一流の人じゃないと切り取られへん感覚だと思うんです。
――ダウンタウンのコントから連想する太宰作品には、例えばどんなものがありますか?
又吉 やっぱり「人間失格」ですかね。哀愁みたいなものと、お笑いが表裏一体である部分とか。あと「服装に就いて」というエッセイ風の小説があるんです。これは女物の着物を仕立て直した服で仕事をしてたら、友達が来て「ちょっと散歩せぇへん」って外に連れてかれる話なんですが、最初は三鷹から井の頭公園までちょっと歩くはずが、友達が急に酒飲みたいと言い出して阿佐ヶ谷まで出歩く羽目になる。その間、主人公は女物の格好で出てきたことをずっと後悔していて、卑屈な気持ちのまんま店に入る。で、いつもは友達と盛り上がるところなんだけど、こんな服を着ている自分へのイライラが募って、ついに友達を殴るっていう話なんですけど。
――ムチャクチャですね。
又吉 笑いながら読みました。こういう自意識の暴発みたいなものは、ダウンタウンさんに限らないんでしょうけど、僕の好きなお笑いに繋がる感じがありました。「畜犬談」とかも繋がりますね。主人公がとにかく犬嫌いで、ずっと犬のことを悪く言うんですけど、1匹の犬になつかれて飼うようになって、「もう捨てましょう、この犬を」って奥さんに言われても、「いや、まぁでも、もうちょっと飼ってみてもいいんちゃうか」みたいに、いつの間にか愛情が芽生えてるという話。これもなんか笑いながら読めるんです。犬のことをむちゃくちゃ悪く言う言葉の選び方がお笑いっぽいんですよ。そして、感情が次第に変わっていくさまを言葉で追っていくと何だか笑える。この作品なんかは、どこか落語っぽいのかもしれない。
――人間のいろんな感情がないまぜになって、笑えてしまうような話。
又吉 そうですね、人間の愚かさを含めた笑い。そもそも近代文学って三遊亭圓朝の落語の速記本から言文一致が始まって発展した歴史がある。だから漱石とか芥川とか太宰って、どこか落語っぽいところがありますよね。文学ってお笑いにどこかしら繋がっているんだと思います。