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まったく相容れないように見える2つが、盤上で交錯する

 子供のころ、参考書を片手に、オセロのプログラムをつくった。そのころのコンピュータは処理が遅く、まったく強くはなかったのだが、コンピュータが自分で考えて、ゲームの相手をしてくれることに私は感動した。

 なぜそれがそんなに魅力に感じたのか。当時は説明する言葉を持たなかったが、いまならわかる。コンピュータのロジックと、人間の感性という、まったく相容れないように見える2つが、盤上で交錯する、その不思議さにひかれたのだ。

©iStock.com

 コンピュータがプレイするボードゲームは、その後もずっと追いかけている。まだ弱かったころの将棋ソフトはずいぶん買ったし、チェスの世界チャンピオンのカスパロフがIBMのスーパーコンピュータと対戦したときも見ていた。そして、将棋電王戦も毎年楽しみにしていた。

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 将棋電王戦は、ドワンゴが開催していた、叡王戦の前身とも言える棋戦だ。プロ棋士が強豪の将棋AIと対決する。初年度は米長邦雄永世棋聖とAIのマッチだったが、2年目以降は5対5の団体戦が3回開催され、人間から見て5勝9敗1分という厳しい結果に終わった。

 将棋の歴史において、将棋電王戦が果たした役割は非常に大きいものとして、のちに振り返られると思う。将棋界はその後、確実に変わったし、一般のひとたちも人間とAIとの付き合い方を考えさせられる出来事だった。また、将棋電王戦から叡王戦につながる流れが、将棋人気を高めたのはまちがいないだろう。

豊島将之竜王・名人は、飛車先を突いた。愛知県一宮市出身なので、いわば「ホーム」での戦いとなる ©文藝春秋

控室には、杉本昌隆八段も来訪していた

 今回、叡王戦で対戦している、永瀬叡王と豊島竜王・名人の二人は、電王戦に登場した棋士であり、かつ当時のAIから見事に勝利を収めた棋士でもある。

 それ以来、両者ともに研究にAIを活用するようになった。豊島竜王・名人は、以前は研究会に引っ張りだこで、週に5日は参加していたタイプの棋士だったが、対人の研究会はすべてやめて、もっぱら自宅で将棋ソフトを使った研究に専念するようになった。

 一方、永瀬叡王は、AIだけでなく対人の研究会も重視している。羽生善治九段の研究パートナーだったと聞いたことがあるが、最近は藤井聡太棋聖とも研究会をしていることで知られている。永瀬叡王から申し込んで、藤井棋聖が拠点にしている名古屋まで出向いて指すこともあるのだという。

控室で検討を行う杉本昌隆八段。今年4月に移転した日本将棋連盟の東海研修会は、すぐ近くのビルに入っている ©文藝春秋

 叡王戦の控室には、地元名古屋の杉本昌隆八段も来訪していた。初対面のあいさつをしつつ、藤井棋聖誕生のお祝いを言うと、うれしそうに答えてくださる。この数日間は藤井棋聖の師匠としてメディアで引っ張りだこで多忙な生活を送っているはずだが、それ以上に弟子の快挙と将棋の魅力を広めることができる喜びが勝っているのだろう。杉本八段は、東海地方での普及や指導に尽くしてきたことでも知られていて、その大きな成果が愛知県瀬戸市出身の弟子によるタイトル獲得なのだ。