ちなみに、このドラマに登場する「桃の香り炭酸ジュース」のラベルにある商品名は青字だが、現在、北朝鮮国内で流通するバージョンは赤字になっている。これは、近年見つけた漂流物で新バージョンを当方が採集して判明した。
北では軽工業や食品工場が各地で群雄割拠しており、商品販売も競争になっている。ゆえにラベルも年々、消費者に受けるよう更新されているのが今の北朝鮮社会だ。「情報が古いな」と、ドラマを見ながら悦に入ってしまった。
北朝鮮が“激怒”した理由を考える
北朝鮮はいま「愛の不時着」に対し、本気で怒っている。韓国向けの宣伝サイト「我が民族同士」は3月4日、「絶対に容認できない極悪非道な挑発行為」と題した論評を発表した。
論評では、「最近、南朝鮮(韓国)当局と映画製作会社が、虚偽と捏造に満ちた荒唐無稽で不純極まりない反共和国映画とテレビ劇を流し、謀略宣伝に積極的に力を入れている」とし、延々と批判を展開している。具体的な作品名は出していなくても「愛の不時着」を指していることは明らかなのだが、激怒した対象シーンは指摘していない。
ただ、気にかかる一節がある。
「いくら《虚構と想像》が許される映画やテレビ劇(ドラマ)だとしても、正道があり、分別がなければならないものだ」
つまり、北朝鮮にとって「愛の不時着」は邪道だというわけだ。筆者なりに推測すれば、ここまで見て来たように、韓国製品に人民が群がるといった「北にはモノがない」「北は貧乏くさい」という演出が各所にちりばめられていることが、彼らが「邪道」と断じる最大の理由ではないか。実態とは異なる北朝鮮像が演出されているというわけだ。
確かに、筆者も「これは……」と思ったシーンは多数あるので、いくつか挙げておく。
第2話で、逃走したセリがたどり着いた北朝鮮側の村では、子どもたちが虫網の外枠を持ち、軒下の蜘蛛の巣をくぐらせる。金属の外枠に付いた蜘蛛の巣を網の代わりにして、トンボを捕まえるというものだ。いくら経済制裁が続いていても虫網ぐらいある……。
停電もネタにされているが、ドラマのように人民が自転車で発電していることはなく、自分で太陽光パネルを買ってしのいでいる人も多い。断水はするが、水が出る時に大きな桶にくみ置きし、風呂に入る時のお湯は、電流棒という電熱線を巻いた特殊なアイテムで熱くして使う。
近年、脱北自体が難しくなっており、韓国にいる脱北者は“古い北朝鮮”を証言しているのかもしれない。ドラマを見て「これが今の北朝鮮のすべてだと思うなよ」と、朝流ファンから韓流ファンに釘を刺しておきたい。