文春オンライン

2020/08/13

保育園で「最近ママ見かけないけど元気?」

 妻に行われた抗がん剤治療について簡単に説明すると、1日目に点滴と経口剤の投与、2日目から14日目までは経口剤のみの投与となり、15日目~21日目までは休薬期間。この3週間を1クールとし、8クール=約半年にわたって続けることになる。

 そして1クールの2日目から、医師に「たぶん来るよ」と説明されていた、吐き気、下痢、食欲不振の副作用トリオが一気に襲来。そんな状態で当時1歳3カ月の息子の育児や家事など妻には無理、俺が一手に引き受けるしかない。手術と入院の時もやり切ったし、こうなった場合のためにと晩飯だけ生協から弁当を配達してもらえるよう手配もしていた(現役で働き、娘のそばにいられない義両親からの支援だ)。掃除、洗濯、朝夕の保育園送迎、オムツ替え、食事、風呂入れ……そこにウンウンと唸っている妻の世話も入ってくる。稼がないといけないので、仕事も疎かにできない。

妻と息子。

 思えば最初の手術&入院は、日数としては2週間程度。しかも妻は病院で医師や看護師が見てくれていたわけだが、今度はそういかないうえに期間は半年と長い。元気に保育園の送迎をするママたちを見ていると「なんだって、ウチだけがこんな目に遭うんだよ」と妬ましくなるし、他の子のママから“絶対になんかあったでしょ”という顔で「最近ママ見かけないけど元気?」と尋ねられて答えに窮する自分がこれまた惨めになる。子供を自転車に乗せて保育園に向かっている最中、ついつい「毎朝毎夕やってらんねーわ! チッチッチッ」と思わず声に出したうえに舌打ちまで鳴らし、それを息子に聞かせた自分が猛烈に恥ずかしくなって、「ウォーーー!」とそのまま保育園を通り越してひとつ隣の駅までぶっ飛ばしたこともあった。だが、なによりも辛かったのは彼女の体だけでなく“悪い癖”までも弱々しくなったことだ。

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 結婚してから気づいたことだが、彼女は食器棚の引き戸、洗面台収納棚の開き戸、洋服ダンスの棚……あらゆる棚を全開のままで開けっ放しにして平気な顔をする。何度も開けたらちゃんと閉めろと言い聞かせても開けっ放す。一向にやめる気配がないので「これは誰かorなにかに向けた、彼女にしかわからない大事なメッセージなんだろう」と捉えるように。だが、その開けっ放し具合が激変したのだ。開いていることは開いているのだが全開ではなく、“取り出したものorしまったもの+それらを掴んだ指”の幅で開けっ放しになっている。つまり、引き戸や開き戸を全開にする力すらも出せないのだ。それにハッとしてシンミリした。