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ご懐妊中の紀子さまのお電話に……美智子さま「異常妊娠の記憶」と「命のスープ」

2020/08/09

source : 週刊文春WOMAN 2019GW号

genre : ニュース, 社会, 読書, 歴史

皇后さまのいのちのスープ

 紀子さまが大事をとって早めに入院されると、お見舞いにスープを届けられたそうです。皇室に入る前に習われた、澄み切ったコンソメスープは、滋味豊かで、少し和の味わいもあるとか。

 そこで、料理番組に長く携わっていた私はこのコンソメスープのレシピを、同じ先生に習われた方々に取材しました。栄養価は高いけれど刺激は少なく、胡椒は粉末ではなく粒を用います。材料は人参、セロリ、玉葱のみじん切りと牛すねの挽肉、卵白とその殻(これはアクを寄せるため)。香りづけにベイリーフとパセリの茎。もちろん水。

 たえず攪拌しながら沸騰までもっていき、澄みきった上澄みだけをとり、さらに布袋でこします。私は「皇后さまのいのちのスープ」と名付けました。このスープを味わわれて、きっと紀子さまもほっとされたのではないでしょうか。

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東宮御所に設けた調理室で自らお料理 宮内庁提供

 いつだったか御所をお訪ねしたとき、皇后さまに「これは軽井沢で大平さんにお出ししたものと同じもの……」と、とうもろこしとたらこ入りのおむすびを出していただいたことがあります。

 私の祖父、大平正芳が総理時代、軽井沢ご静養中の皇太子ご夫妻を訪問したときのことを、ご記憶いただいていたのです。

「気に入っていただけたのか、ペロリと召し上がっていただいたの」と楽しそうな皇后さまのお話に、食いしん坊の祖父が恐縮しながらも、美味しそうにおむすびを頬張る光景が目に浮かびました。私は感激と緊張で、味は記憶にないのですが……。

 皇后さまの取材をしていると、長い年月の後に、今日の皇后さまがおありなのだと感じます。さまざまな人々との出会いを、いつも大切に丁寧にもたれており、それをまた新たな出会いへと繋げてくださるのです。

「皇室に上がって最初に公務をご一緒した政治家は大平さんでした」と皇后さまがおっしゃったので驚いたこともあります。

著者の祖父・大平正芳元首相は、軽井沢ご静養中の皇太子ご夫妻を訪問した

 ご成婚は昭和34年。この時は岸内閣でしたが、翌年、池田勇人政権となり、大平は官房長官を拝命しました。祖父が公務をご一緒したのはおそらくこの頃、浩宮さまご誕生まもなく、皇太子ご夫妻での訪米に関わることではなかったか、と推察しています。

 軽井沢でおむすびをいただいた翌年に、大平は現職総理のまま亡くなりました。その孫に、皇后さまはたった一度のおむすびを覚えて出してくださった。そのお心遣いにあらためて驚きます。

 大平はクリスチャンでした。戦時中に教会をやめていますが、「聖書なしには一日も過ごせない」と総理就任時のインタビューで答えています。信条は「政治とは鎮魂である」でした。

 勝手ながら私は、「皇室は祈りでありたい」という皇后さまのお言葉に、同質の精神を感じてきました。

 国と国民を真摯に想う心は、時代と立場を超えて、繋がるように思うのです。

週刊文春WOMAN vol.2 (2019GW号)

 

文藝春秋

2019年4月26日 発売

 

ご懐妊中の紀子さまのお電話に……美智子さま「異常妊娠の記憶」と「命のスープ」

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