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「そこは虐殺の海だった」 7歳で被爆した日系アメリカ人が語り継ぐヒロシマの記憶

幼くして亡くなった長男。直接関係はないと分かっていても、心のどこかで「被爆のせいではないか」と思い、葛藤が生じる。蠣田さんは二重の苦痛に耐えなければならなかった。

“ヒバクシャ”は自分たちで最後にしたい

在米被爆者の高齢化が進む中、ロサンゼルス周辺には原爆の経験を語り継ぐ活動を続ける被爆者たちがいる。蠣田さんもASA(米国広島-長崎原爆被爆者協会)のメンバーとして講演会などで積極的に自身の経験を語り、核兵器の廃絶を訴えている。75年が経ち、核を巡る状況が一向に改善しない中、蠣田さんは自身が語り、伝えることの重要性を強く感じるようになったという。

講演会でアメリカの人たちに被爆経験を語る蠣田さん

ハワード・弘・蠣田さん:
「過去の過ちから学ぶことは本当に、本当に大切です。しかし75年経った今、人類はさらに強力な破壊兵器を保持し続けています。日本にいる被爆者、アメリカにいる被爆者、多くの被爆者が核戦争の恐ろしさを語って来ました。自分もそうです。1人の声は小さいですが、かけらを集めて大きな絵を作るように、人々の声を集めれば大きな力になり、世界の指導者たちに届くはずです。原爆のような兵器は完全に禁止し、“ヒバクシャ”と呼ばれるのは、自分たちが最後になってほしいと願います」

過酷な時代を生き抜き、今では2人の娘と4人の孫たちに恵まれた

【執筆:FNNロサンゼルス支局長 益野智行】

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