茂みまでは、立っている場所から500メートル以上離れている。村の集落にあるカウルの家からは1キロほどの距離だ。もし、自分がトイレに行きたくなったとき、1キロ先まで歩けと言われたら、かなりの絶望感を味わうに違いない。
トイレに行くのは一日一度だけ
「日が昇る前、娘や近所の女性たちと一緒に、あの場所まで行くのです。まだ暗いし、一人だと心細かったり危険なこともあったりするので、グループで移動する方が安心します。夫や息子と一緒に行くわけにはいきません。男性ですし、嫌がるでしょうから」
「日が昇る前にしか行かないのですか? ほかの時間にトイレへ行きたくなったら、いったいどうするのですか?」
「一日一度です。日中なら、農作業をしている人たちに見られてしまうかもしれないですし……。ずっとそうしていたから……。もちろん、ただただ我慢する時もありました。でも、多くはありません。きっと体が慣れてしまったのでしょうね……」
果たして、尿意や便意を一日一度に集約することなど可能なのだろうか。たとえ「慣れた」としても、それはどこか体に異変を引き起こすことになりはしないか。体調だって、いつも万全なわけではない。お腹をこわしたときにはどうしたらいいのか――。わき出てくる疑問を抑えられず、さらに詳しい様子を聞こうとすると、カウルの口調はだんだんと重くなる。トイレの話を、しかも生まれて初めて会った外国人の前で口にするのだから、やはりどこか抵抗があったのだろう。それでも、カウルが私に話をしてくれたのは、真っ暗闇の茂みで用を足していたのが、すでに過去の話となっていたからだ。
トイレの設置で人生が大きく変わった
カウルが家族と暮らす、レンガを積み重ねた小さな家の脇にトイレが設置されたのは、2016年1月のことだった。インド政府からの補助金とNGOの援助により、地下に二つのタンクを埋め込んだトイレが自宅にできたことで、カウルは「人生が大きく変わった」と言う。
バウンドリ村には、10年ほど前に電気が供給されるようになったが、粗末な電柱に1、2本の電線が頼りなく架けられているといった状態で、十分に行き渡っているとは言えなかった。集落でも夜になれば各世帯で一つ、小さな電球を灯すだけで、もちろん街灯はない。集落から少し離れると、日が暮れると暗闇が広がる。新月の夜であれば、まさに暗黒の世界だろう。その中を女性たちが小さなライトを片手に「トイレ」を目指すのは、たとえそこが地元であっても、心理的には相当の負担だったはずだ。