データを紐解くと、世界有数の経済大国という地位に疑いの余地がないインド。しかしトイレ事情を見ていくと、途端にさまざまな問題が浮かび上がってくる。携帯電話の契約件数は11億件以上。一方、トイレのない生活を送っている人は約6億人。さながら「トイレなき経済成長」ともいえるその暮らしの実態とは?

 共同通信社の記者である佐藤大介氏が著した『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』(角川新書)より、下水道労働者の窮状を紹介する。

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 ニューデリー郊外のロヒニ地区。低所得者層向けの集合住宅が建ち並び、舗装されていない道路を、いっぱいの荷物を積んだリヤカーや自転車が行き来し、土埃とともにトラックが通り過ぎていく。住宅街の一角にある雑貨屋の前で、ディラワル・シン(46)と会ったのは2018年11月のことだった。雑貨屋でペットボトルの水を買い、木のベンチに腰掛けて待っていると、サンダルを履いたシンがやって来た。握手をしながらあいさつをするが、しきりに左目を気にしている。何度もまばたきをしている左目は赤く充血していた。

「2週間ほど前から左目の痛みがあったのですが、3日ほど前からひどくなって、ずっと目がこんな感じになっているのです。作業をしている時に、なにかバイ菌が入ったのかもしれません」

 シンはそう話しながら、決して清潔とは言えそうにないタオルを何度も左目に当てていた。そして、雑貨屋の横にある小さな物置小屋に向かい、中から長さが2メートル以上ある竹の棒を取り出した。先端にはボール状に丸められた布が巻き付けてある。「これが仕事道具です。スコップやロープを使うこともありますが、機械は使いません」。やはり左目が気になるのか、時折顔をしかめて目をつぶりながら説明をする。シンは、地区の下水管の詰まりなどを直す清掃人だ。

強烈な悪臭が立ち上り、鼻をつんざいた

 道具を用意していると、仕事仲間という男性が現れ、2人で近くの住宅地に向かった。目当ての場所には、道路にマンホールの蓋が埋め込まれている。持ってきたスコップやツルハシでマンホールの周辺を掘り返し、蓋の取っ手にロープをかけて2人がかりで引っ張った。重そうな蓋がゆっくりと開くと、中からはこもった空気とともに強烈な悪臭が立ち上り、鼻をつんざいた。

写真はイメージ ©iStock.com

「近くの建物から出た排水が、この下にあるパイプを通って下水管に流れていくのです。メインのパイプではないですから、流れる量も少ないですし、臭いもそうきつくはありませんよ」

 私が思わずタオル地のハンカチを鼻に当て、表情をゆがめていると、シンは仲間と笑いながら話しかけてきた。中をのぞくと、灰色に濁った水が2メートルほど下をゴボゴボと不気味な音を立てて、ゆっくりと流れている。どこかの家庭が排水溝にまとまった水を流したのだろうか、時折水流が急に勢いづき、水しぶきが飛んできそうになって思わず身を引いてしまった。