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素手で汚物を、清掃中命綱が外れ落下…インドの「トイレ」を支える下水道労働者30万人の“窮状”

『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』より #2

2020/08/18

ロープ一つでマンホールの中へ……

「この水は、キッチンやシャワー、そしてトイレで使われたものが流れてきています。下水管へつながるパイプは細いので、ビニールなどのプラスチックや生ゴミがよく詰まります。そうすると私に連絡が入るのです」

「では、いまマンホールの下にあるパイプが詰まっているのですね。どうやって作業するのですか」

写真はイメージ ©iStock.com

 そう尋ねると、仲間の男性がロープを取り出し、道路に移動させたマンホールの蓋の取っ手に結びつけた。シンは、もう片方の先端をズボンのベルトループに通して結び目をつくり、サンダルを脱いでマンホールに両足を入れ足場を探り、慎重に中へ入っていく。胸のあたりまで入ったところで仲間から竹の棒を手渡してもらい、先端部分を流れの先に押し込んでいた。その間、仲間の男性は、もしシンが足を滑らせても下まで落ちないように、固定している蓋の上にしゃがみながらロープを握っている。シンが棒を中に押し込む度に、ゴボッゴボッという音とともに悪臭がただよってきた。

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首まで汚水につかることもある

 10分ほどしてシンは作業を終えて、体をマンホールから地上に戻した。再びマンホールの中をのぞき込むと、灰色の水はスムーズに流れ、ゴボゴボという音も聞こえない。詰まった部分に管を通して押し通す、という何ともシンプルなやり方だが、道具もシンプルなだけにこれ以外の方法は思いつかない。先端の布には野菜の切れ端やトイレットペーパーらしき白い紙など、さまざまなゴミが付着し、灰色の水をしたたらせている。シンは、作業中にしぶきを足や腕に浴びていたが、持参したペットボトルに入れた水で手を洗い、足や腕に軽くかけた程度で、仲間とともにマンホールの蓋を閉じて周囲を埋める作業にとりかかった。

「いまは乾季なので、下水を流れる水の量が多くないから、作業がまだ楽なのです。雨季になれば、家庭からの排水だけではなくて、周囲の排水溝からも水が大量に流れ込みます。そうなると、すぐに細いパイプが詰まってしまう。下水管そのものが詰まってしまうこともあります。そうしたときは、マンホールの蓋を開けると水でいっぱいになっていて、首まで汚水につかって作業をすることもあります」