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イタリア人には耐えられない“満員電車”だけど……

「あり得ない! 絶対に日本は隠蔽している。こんなに感染者数が少ないわけないだろう」パンデミックが始まって以来、夫は私にそう言ってくるのですが、それには彼なりの根拠があります。日本に来た際、何度か満員電車に乗っているからです。

「あんな過密な状態が放置されているのに、ウイルスが蔓延しないはずがない」

 言われてみれば、そうですよね。イタリア人には日本のような満員電車に乗る機会はほとんどないでしょうし、「ギュウギュウになるくらいなら車で行く」とほかの手段を選ぶに違いない。イタリア人には耐えられないものが満員電車だと思います。

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 以前、姑が同世代のおばちゃんたちとツアーを組んで日本に来たときには、到着して早々「満員電車に乗りたい」と言い出しました。海外のメディアでも日本の満員電車の光景はよく報道されていますから、ぜひ一度どれだけ大変なのか経験してみたい、というわけです。

©️istock.com

 そこで姑たちを浅草から、わざわざ帰宅ラッシュの時間帯の満員電車に乗せました。乗り込んだはいいけれど、あっという間に揉まれて離れ離れとなり、サラリーマンたちの間で、「アンナー! どこー?」「ここよー!」などと声を掛け合い、写真まで撮っている始末。おそらく仕事で疲れているであろう、まわりの人たちを顧みないはしゃぎ方が度を過ぎていて、私は知らない人のふりをするしかありませんでした(笑)。

 たしかに満員電車のなかで飛沫を飛ばし合っていたら、相当に高い確率でクラスター(感染者集団)が発生するでしょう。「しかし」と私は夫に言い返しました。

「よく考えてごらん。あなたが乗った電車って、誰かしゃべってた?」

「いいや。よくあんなところで黙っていられるなと思った」

「だから、そこなんだよ。しゃべらないのよ。むやみに口を開けないし、ベタベタと誰かに接触もしないのよ」

 日本の満員電車では、乗客たちはどこか「近寄らないで、こちらを見ないで」という強い拒絶のオーラを出しているように感じられます。それは精神的なものかもしれませんが、言わばメンタルバリケードのようなものを張りながら、乗っているんじゃないでしょうか。

 あくまで推測の域を出ませんが、もしかすると新型コロナウイルスの防御には、少なからずそういったことも効果を発揮しているのかもしれませんね。

たちどまって考える (中公新書ラクレ (699))

ヤマザキマリ

中央公論新社

2020年9月8日 発売