9月に入り、朝晩の涼しさに秋の訪れを感じる東北地方。
仙台城でのおもてなしも些か楽に感じられる季節と相成り申した。
が、しかし、青葉山の日中はまだまだ暑い。
照りつける太陽の下、約20キロもある鉄の甲冑を身に纏いておもてなしと演武を致すのじゃが、演武中は勿論の事、ただ立っているだけでも汗が滝のように流れる。これもおもてなし武将の宿命。
汗だくになっているわしの姿を見たお客人は決まってこう質問をする。
「暑くないのですか?」
「汗すごいですね」
「保冷剤とかは使っていますか?」
上記の質問、今夏は何度あったろうか。数え切れぬ。
汗だく状態のわしを案じて温かい声をかけてくれるお客人へ、忝ないと心中で謝する時、ふと思い出すのが、マウンド上で汗を飛び散らせながら力投する投手の姿じゃ。
(あれほど頑張って投げているんじゃ。わしも負けてはおられぬ……)
と、己を鼓舞し、おもてなしに励み続ける日々。
びっしょりと汗をかきながら力投する投手の中で最も印象に残る投手は、涌井秀章投手である。
今季、千葉ロッテマリーンズより加入した沢村賞、最多勝3度獲得の無尽蔵の体力投手。真面目で沈着冷静、後輩想いの球界を代表する投手の一人じゃ。
今季の涌井投手の活躍は誰もが認めるものであろう。ここまでリーグトップの8勝。防御率は2.43(こちらもリーグトップ)、さらに驚異の援護率7.73!(※9/4現在)
今季苦しんでいるイーグルス先発投手陣の中で、大事な柱となっている涌井投手。新天地イーグルスでの大活躍の裏には、小山投手コーチ直伝の新球種シンカーの習得や高校時代からのライバル、ダルビッシュ有投手の存在もあるのではなかろうか。
三角あぶら揚げ片手にノーノー祈願、固唾を飲んで見守るも……
そんな涌井投手がここまで登板した試合で印象に残っておるのは、8月5日楽天生命パーク宮城でのホークス戦。そう。球団初&涌井投手自身初のノーヒットノーランが未遂に終わった試合である。
球界を代表する投手、イーグルス涌井投手とホークス和田投手の久方ぶりの投げ合いに心踊らぬ者がどこに居るか! と、試合開始前から仙台名物・三角あぶら揚げと麦酒で腹を満たしながら我が屋敷でいざ試合観戦!
試合開始から制球、球威ともに抜群の涌井投手。
淡々と投げ込む涌井投手に安心感を覚える武将。
5回裏小深田選手、島内選手のタイムリーなどで3点の援護を貰った涌井投手。
6回表ホークス攻撃時、高谷選手に粘られ四球を与え、この日初めてランナーを背負うも冷静さは欠かない涌井投手。後続を確りと斬る。
6回裏に追加点を貰い、7回表のマウンドへ。
2番今宮選手、3番柳田選手、4番中村晃選手もあっさり斬る。この回僅か5球。
「これはあるぞ! ……ノーヒットノーランが!」
期待が一気に高まる。
8回表はこの日2つ目の四球を与えるもノーヒットに抑える。
「よし!」
そして迎えた9回表。あとアウト3つでノーヒットノーランという状況。
ファンの皆々が涌井投手のタオルを掲げ、大きな期待感に包まれた楽天生命パークのマウンド上には、いつもと変わらぬ冷静な表情で球の握りを確認しながら投球練習を行う涌井投手が居た。
「これは間違いない。頂き申した!」
ここでノーヒットノーランを確信。
先頭の代打・松田宣選手をストレート空振り三振に斬る。
1回から全く衰えることのない球威に驚く。
「エグい……」
恐らく則本殿もこう呟いたであろう。
続く打者は代打・川島選手。
2球で追い込んだ後、2球ボールでカウント2-2。5球目はファウル。
この5球目のファウル後、涌井投手がマウンドを外し、川島選手も少し間を取る。
「あと2アウト! 涌井殿! 頼みますぞ!」
そして運命の6球目。
涌井投手がインコースへ投じた144キロのストレート。
グシャ……
バットの折れる音とともに詰まった打球が涌井投手の後方へ。
「ショート!! 小深田ぁぁぁああっ!!」
しかし、ボールはセンターの前へ。
「嗚呼……(呆然)」
言葉を失う。今年一番の脱力感に襲われる。
昨年7/19ホークス戦に先発した美馬投手(現マリーンズ)と同じく9回にノーヒットノーランを逃した涌井投手。
試合観戦をしていた文明の利器(タブレット端末)越しでも伝わる数多のため息に包まれた場内の雰囲気。
しかし、顔色一つ変えない、いつもの涌井投手がマウンド上に居た。
残る今宮選手、柳田選手を三振に斬って試合終了。
ノーヒットノーランとはならなかったが、見事な投球術を披露した涌井投手。
無論、試合後のお立ち台に上がったのだが、話術でも涌井投手が魅せた。