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28歳、月給18万円の派遣社員に“ご祝儀3万円”は包めるか…漫画家ふせでぃが見る「さとり世代の現実」

ふせでぃ(イラストレーター/漫画家)――クローズアップ

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漫画『明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません。』(文藝春秋 950円+税)

 イラストレーター/漫画家のふせでぃさんは、女の子の切ない恋愛模様をモチーフとしたイラストを描いてきた。添えられたポエティックな文章も共感を呼び、Instagramのフォロワー数は実に14万人にものぼる。

 現在はイラストレーターから漫画家へ軸足を移しつつあり、7月に描き下ろし長編コミック『明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません。』を上梓した。

「3、4年前だったかな。らくがきに何気なく吹き出しを付けたり、言葉を添えたりしてInstagramで発表したら、フォロワーの反応が予想外によかったんです。それをきっかけに、恋愛をモチーフにしたイラストを描くようになりました。ところが次第に、漫画という表現方法の方がしっくりくるように思えてきて。イラストは写真のように一瞬を切り取るものですが、漫画は世界観やメッセージをよりどっぷり深く、読者の脳に直に届けられるような気がします。そう思って、漫画を描き始めました」

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 本書の主人公・アキは28歳、月給18万円の派遣社員。大学時代の恋人の裏切りを引きずりながら、人恋しさから、合コンで出会った青年とあいまいな関係を続けている。そんな満たされぬ心境で、友人の結婚式のために祝儀袋を用意する彼女の心には、虚しさが募る――。

「アキちゃんというキャラクターを作る際に、派遣社員のお金事情を調べました。最初は月給25万円を想定していましたが、実際は時給1500円くらいで、手取り20万円以下になってしまう。これでは貯金もできなくないですか? ご祝儀に3万円も払ってる場合じゃないよ、と突っ込みたくなってしまう(苦笑)。ご祝儀に3万円を包むのは一般的とされていますし、何なら5万円入れる人もいます。めっちゃ高いのか、そうでもないのか。金銭感覚が揺らぎますが、主人公の収入から考えると、エグいと思えてしまいます。冷静に考えれば、3万円だって稼ぐのは大変なことですから。その一方で、アキちゃんがネイルに9500円も払う場面もあります。自分のためにお金を使うことは楽しく、他人のためにお金を使うのは心に負担が掛かる……。お金の使い方には、その人の暮らしや性格が表れるので、描写するのが好きなんです」

ふせでぃさん

 幸福な未来を匂わせておきながら平然と浮気した元彼。恋人になるつもりはないが、優しくしてくれるセフレ。アキは彼らに翻弄されながらも、「愛してくれなんて言わない。抱きしめてくれさえしたら もうそれでいいんだ」と切実に願う。

「人の気持ちって目に見えないじゃないですか。だから、本作でも男性の登場人物の本心が見えるのは、彼らがアキちゃんと心が通じ合った瞬間だけ。読者にも彼女の感情を疑似体験してもらうために、あえて男性側の心情をあまり描かないようにしました」

 また、ふせでぃさんが描きたかったのは、「令和を生きる世代の言葉にならない閉塞感」だという。

「ひと昔前なら、『こんな現状ぶっ壊してやる』とアキちゃんは立ち上がったのかもしれません。でも、私が描くべきは、冴えない現実をも受け入れて最善を尽くす主人公なのかな、と思いました。とびきりの逆転ホームランはないけれど、必死に現状維持している。それがさとり世代の現実なのかもしれません。私は漫画家としてホームランを打ちたいのですが(笑)。とはいえ、読んで明るい気持ちになってもらえたらと思って描きました。そして恋愛というか、それ以前に対人関係レベルで臆病になり過ぎている人が少なくないと感じるので、もっと人と相対してコミュニケーションをとることを諦めずに頑張ってほしいというメッセージを込めたつもりです」

ふせでぃ/七夕生まれ。東京都出身。武蔵野美術大学卒業後、イラストレーターとして活動。著書に『君の腕の中は世界一あたたかい場所』、『今日が地獄になるかは君次第だけど救ってくれるのも君だから』、『全部失っても、君だけは』がある。

28歳、月給18万円の派遣社員に“ご祝儀3万円”は包めるか…漫画家ふせでぃが見る「さとり世代の現実」

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